翻刻
いりて御せん【前】よりまかて給けるを御との
ゐ所にやかてとまり給ぬるやうにてよふ
かしておはしたりれいのありさまよりは
けはひうちそよめき【注①】よついたり【注②】君もすこ
したをやき【注③】給へるけしきもてつけ【注④】た
まへりいかにそ【注⑤】あらためてひきかへ【注⑥】たらんと
きにとそおほしつゝけらるゝ日さしいつる
ほとにやすらひ【注⑦】なしていて給ふひむかしの
つまとをしあけたれはむかひたるらう【廊】の
うえ【注⑧】もなくあはれ【注⑨】たれはひのあしほとなく
【注① 「うち」は接頭語。きぬずれや人のざわめきのかすかな音がする。】
【注② 「世付いたり」=世間並みになった】
【注③ 「たをやぐ」=物柔らかになる。しなやかに見える。】
【注④ 心にかけてとりつくろう。】
【注⑤ どうだ。】
【注⑥ ひきかえ=すっかり変える】
【注⑦ 思案してどうしょうかと迷うこと】
【注⑧ 屋根】
【注⑨ あばれる=(住居などが)荒れてこわれた所がある。】
現代語訳
夜に入って御前より退出なさったのを、御殿の居所にそのままお泊まりになったようにして、夜更けまでいらっしゃった。いつものありさまよりは気配が少しざわめいて、世間並みになった。君も少し優美におなりになったご様子を装っていらっしゃった。「どうだろうか、改めてすっかり変わったときには」とお思い続けになる。日が差し込む頃まで迷いながらお出になる。東の妻戸を押し開けると、向かいの廊の屋根も崩れ落ちて哀れに荒れ果てているので、日の光も足音もなく
英語訳
He entered the evening and, having withdrawn from the imperial presence, remained as if staying overnight in the palace quarters, and stayed until late at night. Compared to the usual atmosphere, there was a slight rustling of activity, having become more worldly. The prince also appeared to have adopted a somewhat more graceful demeanor. He continued to think, "How would it be if things were completely transformed and changed?" Hesitating until the sun began to shine, he departed. When he pushed open the eastern sliding door, the roof of the facing corridor had also collapsed and was in a pitiful state of ruin, so neither sunlight nor footsteps could be heard.