翻刻
【右丁】
市場観音(いちはくわんおん)
【図】
【枠内】いなり
【枠内】薬師
【枠内】観音
【枠内】地蔵
【枠内】市場村
【左丁】
《割書:長二十|七間》水源(みなもと)は多磨郡(たまこほり)小野路(をのち)都筑郡(つつきこほり)長津田(なかつた)及(およ)ひ橘樹(たちはな)
郡(こほり)馬絹(まきぬ)の辺(へん)より發(はつ)して恩田川(おんたかは)早瀬川(はやせかは)矢上川(やかみかは)鳥山川(とりやまかは)佐(さ)
江戸川(えとかは)等(とう)の川々(かは〳〵)落合(おちあ)ひ鶴見村(つるみむら)に至(いた)る故(ゆゑ)に鶴見川(つるみかは)の号(かう)
あり梅松論(はいしようろん)に元弘(けんこう)三年五月十四日/鎌倉方(かまくらかた)討手(うつて)として
武蔵守貞将(むさしのかみさたまさ)大将(たいしやう)にて向(むか)ふ下総(しもふさ)よりは千葉介定貞胤(ちはのすけさたたね)義貞(よしさた)
と同心(とうしん)の義(き)有(あつ)て攻上(せめのほ)る間(あひた)武蔵(むさし)の鶴見(つるみ)の辺(へん)に於(おい)て戦(たゝか)ひ
打負(うちまけ)て引退(ひきしりそ)くとあり
末吉不動堂(すゑよしふとうたう) 末吉村(すゑよしむら)にあり鶴見邑海道(つるみむらかいたう)より廿七町/斗(はかり)
西(にし)にあり明王山(みやうわうさん)不動院(ふとうゐん)真福寺(しんふくし)と号(かう)す天台宗(てんたいしう)にして
品川(しなかは)常行寺(しやうきやうし)に属(そく)す本尊(ほんそん)不動明王(ふとうみやうわう)を安置(あんち)すその像(さう)は
坐像(ささう)にして六尺/餘(よ)あり慈覚大師(しかくたいし)の作(さく)といふ本堂(ほんたう)には
十一面/観音(くわんおん)を安(あん)す坐像(ささう)二尺斗り行基菩薩(きやうきほさつ)の作(さく)なり仁王(にわう)
門(もん)の額(かく)真福寺(しんふくし)と書(しよ)せしは増上寺/大僧正(たいそうしやう)智堂(ちたう)和尚の書なり
現代語訳
【右丁】
市場観音
【図】
【枠内】いなり
【枠内】薬師
【枠内】観音
【枠内】地蔵
【枠内】市場村
【左丁】
長さ二十七間の鶴見川の水源は、多摩郡小野路、都筑郡長津田および橘樹郡馬絹のあたりから発し、恩田川・早瀬川・矢上川・鳥山川・佐江戸川などの川々が合流して鶴見村に至る。そのため鶴見川という名がある。『梅松論』によると、元弘三年五月十四日、鎌倉方の討手として武蔵守貞将が大将となって向かった。下総からは千葉介定胤が義貞と同心してこれを攻め上ったため、武蔵の鶴見のあたりで戦い、打ち負けて退却したとある。
末吉不動堂 末吉村にあり、鶴見村街道から二十七町ほど西にある。明王山不動院真福寺と号し、天台宗で品川常行寺に属する。本尊の不動明王を安置している。その像は坐像で六尺余りあり、慈覚大師の作という。本堂には十一面観音を安置している。坐像で二尺ばかり、行基菩薩の作である。仁王門の額に「真福寺」と書いたのは増上寺大僧正智堂和尚の書である。
英語訳
【Right page】
Ichiba Kannon (Market Kannon)
【Illustration】
【Within frames】Inari
【Within frames】Yakushi
【Within frames】Kannon
【Within frames】Jizō
【Within frames】Ichiba Village
【Left page】
The Tsurumi River, twenty-seven ken in length, has its source in the areas of Onoji in Tama District, Nagatsuta in Tsuzuki District, and Makinu in Tachibana District. The rivers Onda, Hayase, Yagami, Toriyama, and Saedo converge and flow to Tsurumi Village, hence the name Tsurumi River. According to the Baishoron, on the 14th day of the 5th month of Genkō 3, Musashi-no-kami Sadamasa led forces as a general for the Kamakura side. From Shimōsa, Chiba-no-suke Sadatane, acting in concert with Yoshisada, attacked from below. They fought in the area of Tsurumi in Musashi Province, were defeated, and retreated.
Sueyoshi Fudō Hall: Located in Sueyoshi Village, about twenty-seven chō west of the Tsurumi Village highway. It is called Myōō-san Fudō-in Shinpuku-ji Temple, belongs to the Tendai sect, and is affiliated with Jōgyō-ji Temple in Shinagawa. The main deity, Fudō Myōō, is enshrined there. The statue is a seated figure over six shaku tall, said to be the work of Jikaku Daishi. The main hall houses an Eleven-faced Kannon, a seated statue about two shaku tall, created by Gyōki Bosatsu. The plaque on the Niō Gate inscribed with "Shinpuku-ji" was written by Chidō, the Grand Priest of Zōjō-ji Temple.