翻刻
此 詩(し)の意(こゝろ)は小麦青々(せうばくせい〳〵)大麦黄(だいばくきなり)と先(まづ)時節(じせつ)の景(けい)をいへり小麦(こむぎ)はいまだ青々として大麦(おほむぎ)
は已(すで)に赤(あか)らみたり原頭日出(げんとうひいでゝ)天色涼(てんしよくすゞし)とは原(はら)のほとりより朝日(あさひ)さし出 空(そら)のけしきも涼(すゞ)
やかに晴(はれ)わたり時節の景(けい)見るべし姑婦(こふ)相呼(あいよんで)有忙事(ばうじあり)と是より民家(みんか)の体をいへり麦秋(むぎあき)の頃
になれば最早(もはや)蚕も繭を作(つく)る姑(こは)はしうとめ婦(ふ)はよめといふ字(じ)なれどもこゝにては只(たゞ)農家(のうか)の女
老若(らうにやく)の事と見るべし向(むか)ひ隣(となり)のもの互(たがい)に時節(しせつ)の忙(いそが)しき話(はなし)をする体(てい)なり舍後(しやご)煮繭(まゆをにて)
門前(もんぜん)香(かうばし)繰車(さうしや)嘈々(さう〳〵として)似風雨(ふううににたり)とは舎(いゑ)の後(うしろ)にてまゆを煮(に)れば門前までも匂(にほ)ひ糸(いと)を繰(くる)
車(くるま)の音(おと)は嘈々(さう〳〵)とひゞきて雨風(あめかぜ)に似(に)たり繭(まゆ)厚(あつ)く糸長(いとながくして)無断縷(いとぐちきることなし)とは天晴(あつはれ)上作(じやうさく)の
まゆなるべし今年(こんねん)那暇(なんのいとまにか)織絹(きぬをおり)着明日(ちやくせんめいじつ)西門(さいもん)賣絲去(いとをうりさる)とは農家(のうか)のものはかく
苦労(くらう)をして糸(いと)をとれともことしも那(なん)のいとまありてか自身(じしん)絹(きぬ)を織(おり)て着(き)る
事をせんや明日(みやうにち)は西門(さいもん)の市(いち)に持行(もちゆき)てこと〴〵く売去(うりさら)らん扨々(さて〳〵)産業(すぎわひ)の
忙(いそが)しき事かなと互(たがい)にはなしあふ体(てい)也 田家(でんか)の体(てい)を能述(よくのべ)たる詩(し)なり
斉(せい)の宿瘤(しゆくりう)が事
もろこし斉国(せいのくに)に閔王(びんわう)といふ賢王(けんわう)おはしけりある時 国中(こくちう)をめぐり給ふに
東郭(とうくわく)といふ所の民(たみ)百姓(ひやくしやう)大勢 連(つれ)だち桑(くわ)を採(と)りて居(ゐ)たりしに閔王(びんわう)の行(みゆ)
幸(き)を見て皆(みな)街(まち)の側(かたはら)に出て閔王(びんわう)を拝(はい)す其中に宿瘤(しゆくりう)といふ女壱人 見向(みむ)き
もせず桑をとり居けるを閔王(びんわう)あやしみ見給ひ朕(ちん)今(いま)此所を通(とを)るに国中(こくちう)の民(たみ)朕(ちん)が
行粧(ぎやうさう)を望(のぞ)み拝(はい)せずといふものなし彼(かれ)は如何(いか)なるものぞと問(とは)しめ給ふ官人(くわんにん)
行向(ゆきむか)つてしか〳〵の様(やう)を尋(たづね)けるに宿瘤(しゆくりう)答(こたへ)けるは我(われ)父母(ふほ)の命(おほせ)によりて桑(くわ)をとる
未(いまだ)大王(だいわう)を拝(はい)せよとの命(おほせ)を承(うけ給は)らず此故に大王(だいわう)を拝(はい)し奉らすといひて猶(なを)脇目(わきめ)
もふらず桑を採(と)り居たりける此よしかくと申上ければ閔王(びんわう)聞(きゝ)給ひて則(すなはち)
彼(かの)女を御前に召(め)されけるに右の顋(ほ)に大なる瘤(こぶ)あり閔王見給ひて汝(なんぢ)が面(かほ)に
其 瘤(こぶ)
ある事 年(とし)若(わか)き身に嘸(さぞ)恥(はづ)かしく思ふべしと仰(おほせ)られければ宿瘤(しゆくりう)