東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 6

源氏百人一首 - 翻刻

源氏百人一首 - ページ 19

ページ: 19

翻刻

【右丁 上段】 按察大納言(あぜちのだいなごん)の北(きた)の方(かた)にて桐(きり) 壺(つぼ)の更衣(かうい)の母(はゝ)なり此歌(このうた)は 上(かみ)の靫負(ゆげひ)の命婦(めうぶ)の哥(うた)の 返(かへ)しなり心(こゝろ)はたゞさへなき くらす浅(あさ)ぢの宿(やど)に命婦(めうぶ)の 御 使(つかひ)として御 出(いで)ありていとゞ 泪(なみだ)をそへたりいふ心(こゝろ)を虫(むし)によ せていへるなり昇殿(しようでん)の人(ひと)を男(をとこ) 女(をんな)にかぎらず雲(くも)の上人(うへびと)といふ也 浅(あさ)ぢふは俗(ぞく)にいふつばなの生(おひ)た るところなり 【同 下段】  更衣(かういの)母(はゝ) いとゞし    く 虫(むし)の音(ね) しげき あさぢふ    に 露(つゆ)おき  そふる 雲(くも)のうへ人(びと) 【左丁 上段】 はじめ大臣(おとゞ)にて源氏(けんじ)の加冠(かくはん) せし人(ひと)也 加冠(かくはん)をつとむるを引(ひき) 入れといふ也 葵(あふひ)の上(うへ)の父(ちゝ)源氏(げんじ) の御 舅(しうと)なりみをつくしの巻(まき)に 太政大臣(だいぜうだいじん)薄雲(うすぐも)の巻(まき)にかくれ 給ふ此 哥(うた)は源氏(げんじ)加冠(かくはん)の時(とき)に 桐壺帝(きりつぼのみかど)○いときなき初元(はつもと) ゆひに長(なが)きよを《割書:云々》の御 哥(うた)を よみかけさせ給へる御 返(かへ)し也 心(こゝろ)は 仰(おほせ)のごとく結(むす)びこめたる我(わが)志(こゝろざし)の 深(ふか)きちぎりに源氏(げんじ)の御 心(こゝろ)だに 替(かは)らずば長(なが)き世(よ)迄(まで)もと也 元服(げんぶく)の 折(をり)なれば総(すべ)【惣】て其事(そのこと)もて作(つく)れる なり紫(むらさき)の組糸(くみいと)を用(もちふ)ること上(かみ)に いへるがごとしあせずはかせずに 同(おな)じ 【同 下段】 引入(ひきいれの)太政大臣(だいぜうだいじん) むすび  つる 心(こゝろ)も ふかき もとゆひ     に こき紫(むらさき)の 色(いろ)し  あせずば

現代語訳

【右丁 上段】 按察大納言の北の方で、桐壺の更衣の母である。この歌は上記の靫負命婦の歌への返歌である。歌の意味は、ただでさえ物悲しく暮らしている浅茅が生い茂った住まいに、命婦が御使いとしていらっしゃって、いっそう涙を添えたということを、虫に寄せて詠んだものである。昇殿を許された人を男女を問わず雲上人という。浅茅生は俗に言う茅花(つばな)が生えた所である。 【同 下段】  更衣の母 いっそう 虫の音の 繁き浅茅生に 露置き添ふる 雲の上人 【左丁 上段】 初めは大臣で、源氏の元服の加冠役を務めた人である。加冠を務める人を「引き入れ」という。葵の上の父で、源氏の舅にあたる。「身をつくし」の巻で太政大臣となり、「薄雲」の巻で亡くなられる。この歌は源氏の元服の時に、桐壺帝が「いと幼き初元結に長き世を…」という御歌を詠みかけになったことへの御返歌である。歌の意味は、仰せの通り結び込めた私の深い約束によって、源氏の御心さえ変わらなければ長い世まで変わることはないでしょう、ということである。元服の折なので、すべてその事で作られている。紫の組紐を用いることは上に述べた通りである。「褪せず」と「褪せず」は同じ意味である。 【同 下段】 引き入れの太政大臣 結びつる 心も深き 元結に 濃き紫の 色し褪せずば

英語訳

【Right Page, Upper Section】 This is the wife of the Asechi Dainagon (Inspector-Controller-Major Counselor) and the mother of Lady Kiritsubo. This poem is a reply to the above-mentioned poem by Yugehi no Myōbu. The meaning is that in her dwelling overgrown with cogon grass where she already lives in sorrow, the visit of Myōbu as the emperor's messenger has added even more tears - this sentiment is expressed through metaphor of insects. Those permitted to ascend to the palace, regardless of gender, are called "cloud-dwellers" (kumo no uebito). "Asajiu" refers to places where cogon grass flowers (commonly called tsubana) grow. 【Same, Lower Section】  Mother of the Lady Even more so where insect voices are thick in the cogon grass, dew gathers with the cloud-dweller's arrival 【Left Page, Upper Section】 Initially a minister, he was the person who performed the capping ceremony for Prince Genji's coming of age. The one who performs the capping is called "hikiire." He is the father of Lady Aoi and Genji's father-in-law. He becomes Daijō-daijin (Chancellor) in the "Miotsukushi" chapter and dies in the "Usugumo" chapter. This poem is a reply to Emperor Kiritsubo's poem "Though young, with this first topknot, through long years..." composed during Genji's coming-of-age ceremony. The meaning is: according to your words, with the deep pledge I have bound up, if Prince Genji's heart remains unchanged, it will last through long ages. Since it is the occasion of coming-of-age, everything is composed around that theme. The use of purple braided cord is as mentioned above. "Asezu" and "asezu" have the same meaning. 【Same, Lower Section】 Hikiire no Daijō-daijin If bound with a heart so deep in this topknot, the deep purple's color will not fade