東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 6

源氏百人一首 - 翻刻

源氏百人一首 - ページ 28

ページ: 28

翻刻

【右丁 上段】 六条(ろくでう)の御息所(みやすどころ)の女房(にようばう)也此 哥(うた)は 源氏 御(み)やす所の御もとに通([か]よ)ひ たまへる時(とき)朝(あした)の御わかれにこの女 房御おくりつかうまつりたるを とらへて源氏○さく花(はな)にうつる てふ名(な)はつゝめども折(をら)で過(すぎ)う きけさの朝皃(あさがほ)とよみかけ給へる かへし也心は霧(きり)のはれまも待(また)ずし て御やす所の方(かた)は夜(よ)ぶかく 帰(かへ)り給ふ御けしきにてよその 花々(はな〴〵)しきあたりに御心をとめた まへるよと見たてまつると也 わざと我身(わがみ)の上と聞(きゝ)しらぬ ふりにてみやすどころの事(こと) にとりなせる也 【同 下段】  中将君(ちうじやうのきみ) 朝霧(あさぎり)の はれまも  またぬ けしき  にて 花(はな)に   心(こゝろ)を とめぬ  とぞみる 【左丁 上段】 北山(きたやま)の僧都(そうづ)の妹(いもうと)按察大納言(あぜちのだいなごん) の北方(きたのかた)にて紫上(むらさきのうへ)の母方(はゝかた)の祖母(おほば)也 この歌(うた)は紫上(むらさきのうへ)の幼(おさな)くて母(はゝ)にお くれ給へるを我手(わがて)一(ひとつ)に養(やしな)ひて われさへ又(また)病(やまひ)重(おも)りたる時(とき)に詠(よめ) る也 心(こゝろ)はおひ立(たち)給(たま)はん行末(ゆくすゑ)の 落付(おちつき)も知(しら)ぬ人をあとに残(のこ)し おくらかして我身(わがみ)さきだち 死(しな)ん事(こと)心(こゝろ)ならず悲(かな)しと いふ事を若草(わかくさ)の露(つゆ)によせ て云(いへ)る也おくらすはおくらかす 也 空(そら)はかゝる所(ところ)に付(つけ)て云(いへ)るは 心(こゝろ)といふに当(あた)る也 俗(ぞく)にも見る 空聞(そらきく)空(そら)などもいへり 【同 下段】  北山尼(きたやまのあま) おひ たゝむ ありかも  し   らぬ 若草(わかくさ)を おくらす   露(つゆ)ぞ きえん  そらなき

現代語訳

【右丁 上段】 六条の御息所の女房である。この歌は源氏が御息所のもとに通っていらっしゃった時、朝のお別れにこの女房が御見送りを申し上げたのを、源氏が引き止めて「咲く花に移るという浮名は隠しているけれども、折らずに過ぎてしまう今朝の朝顔よ」と詠みかけなさった返歌である。歌の意味は、霧の晴れ間も待たずして、御息所の方へは夜深く帰りなさるご様子で、よその美しい女性たちの住む辺りにお心を留めていらっしゃるようだと拝見いたします、ということである。わざと自分自身のこととは聞き知らない振りをして、御息所のこととして表現したものである。 【同 下段】 中将君(六条御息所の女房) 朝霧の 晴れ間も待たぬ 様子にて 花に心を 留めぬとぞ見る 【左丁 上段】 北山の僧都の妹で、按察大納言の北の方であり、紫の上の母方の祖母である。この歌は紫の上が幼くして母に先立たれなさったのを、自分一人で養育して、自分もまた病気が重くなった時に詠んだものである。歌の意味は、成長なさった将来の身の落ち着き先も分からない人を後に残して、その人より先に自分が死んでしまうことは、心ならず悲しいということを、若草の露に託して表現したものである。「おくらす」は「おくらかす」(後に残す)である。「空」はこのような場合に用いられる語で、「心」という意味に当たる。俗語でも「見る空」「聞く空」「空」などと言う。 【同 下段】 北山の尼 生い立たん ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えん空なき

英語訳

【Right Page, Upper Section】 This is a court lady serving Rokujō Lady of the Bedchamber. This poem is her reply when Genji was visiting the Lady's residence and, at their morning parting, as this court lady was seeing him off, Genji detained her and composed: "Though I hide the reputation of moving from flower to flower, here is this morning's morning glory that I pass by without plucking." The meaning is: without waiting for the mist to clear, you return late at night to the Lady's quarters, appearing to set your heart on other beautiful places where lovely women dwell. She deliberately pretends not to recognize this as referring to herself and frames it as being about the Lady. 【Same, Lower Section】 Court Lady Chūjō Without waiting for the morning mist to clear, I see you do not linger with your heart on flowers. 【Left Page, Upper Section】 She is the sister of the Bishop of Kitayama, the wife of the Middle Counselor Azechi, and the maternal grandmother of Lady Murasaki. This poem was composed when Lady Murasaki, having lost her mother at a young age, was being raised by her alone, and she herself became gravely ill. The meaning is: it is heartbreaking and against my will that I should die first, leaving behind someone whose future dwelling place after growing up I do not know. She expresses this through the metaphor of dew on young grass. "Okurasu" means "okurakasu" (to leave behind). "Sora" is used in such contexts and corresponds to "kokoro" (heart/mind). In common usage, we also say "miru sora," "kiku sora," "sora," and so forth. 【Same, Lower Section】 The Nun of Kitayama The dew that leaves behind young grass, not knowing where it will grow and flourish, has no heart for vanishing.