東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 6

源氏百人一首 - 翻刻

源氏百人一首 - ページ 35

ページ: 35

翻刻

【右丁 上段】 前坊(ぜんばう)の御 娘(むすめ)御母は六 条(でう)の御息([み]やす) 所(どころ)也 葵巻(あふひのまき)に伊勢(いせ)の斎宮(いつきのみや)に 立(たち)賜(たま)ひ絵合巻(ゑあはせのまき)に冷泉院(れんぜいゐん)の 女御(にようご)と成(なり)処女巻(をとめのまき)に中宮(ちうぐう)御(み) 法巻(のりのまき)に皇太后宮(くわうたいこうぐう)と成(なり)賜(たま)ふ 此哥(このうた)は斎宮(いつきのみや)と成(なり)て下(くだ)り賜(たま)ふ 時(とき)に源氏○八島(やしま)もる国(くに)つみ神(かみ) も心(こゝろ)あらばあかぬ別(わかれ)の中(なか)を ことわれと詠(よみ)おくりたまへる 御 返(かへ)し也心は神(かみ)の心(こゝろ)もて明(あき)ら かに見通(みとほ)し賜(たま)ふ物(もの)ならば あかぬ別(わかれ)などのたまふ君(きみ)が なほざりの偽(いつはり)をまづ正(たゞ)し賜(たま)ふ べき物(もの)ぞと也 国(くに)つ神(かみ)は天(あま)つ神(かみ) にむかへていふ地祇(くにつかみ)の事(こと)也 【同 下段 左から読む】  さむ たゞ  や まづ 事(ごと)を 等閑(なほざり) 中(なか)ならば  ことわる 《振り仮名:国つ神|くにつかみ》空(そら)に  秋好中宮(あきこのむちうぐう) 【左丁 上段】 薄雲(うすぐも)の女院(にようゐん)の御 兄(あに)也 始(はじめ)は 兵部卿(へうぶけう)にて処女巻(をとめのまき)に式部(しきぶ) 卿(けう)に成(なり)賜(たま)ふ此 哥(うた)は桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)か くれさせ賜(たま)ひて後(のち)女院(にようゐん)を我(わが) 御方(おんかた)へ御 迎(むかへ)に参(まゐ)り賜(たま)へる時(とき)に 御 庭(には)の五葉松(ごえふのまつ)の下葉(したば)の雪(ゆき)に 枯(かれ)たるを見(み)て詠(よみ)たまへる也 心(こゝろ)は 枝(えだ)ざし高(たか)く蔭(かげ)の広(ひろ)さに隠(かく) れて頼(たの)もしく思(おも)ひし松(まつ)の枯(かれ) たるにやあるらん下葉(したば)の散々(ちり〴〵) になる年(とし)の暮(くれ)にもあるかな と也 帝(みかど)の広(ひろ)き御恵(おんめぐみ)の蔭(かげ)を 頼(たの)みしもかくれたまひて女院(にようゐん) の退出(たいしゆつ)したまふを歎(なげ)きたる なり 【同 下段】  式部卿宮(しきぶけうのみや) 蔭(かげ)広(ひろ)み  たのみし   松(まつ)や 枯(かれ)に  けん 下葉(したば)  ちり行(ゆく) としの    くれ哉(かな)

現代語訳

【右丁 上段】 前坊(前東宮)の御娘で、御母は六条の御息所である。葵の巻で伊勢の斎宮として下向され、絵合の巻で冷泉院の女御となり、少女の巻で中宮、御法の巻で皇太后宮となられる。この歌は斎宮となって伊勢へ下られる時に、源氏が「八島守る国つ神も心あらば飽かぬ別れの仲を咎めよ」と詠み送られたその御返事である。歌の意味は、神の心で明らかに見通しなさるものならば、「飽かぬ別れ」などとおっしゃる君のいい加減な嘘をまず正すべきでしょう、ということである。国つ神は天つ神に対していう地上の神のことである。 【同 下段】 秋好中宮 国つ神空に なほざり事を 咎むる仲ならば まづ正さまや 【左丁 上段】 薄雲の女院の御兄である。初めは兵部卿で、少女の巻で式部卿になられる。この歌は桐壺の帝が崩御された後、女院を自分の御方へお迎えに参られた時に、御庭の五葉松の下葉が雪で枯れているのを見て詠まれたものである。歌の意味は、枝ぶりが高く陰が広いので頼もしく思っていた松が枯れてしまったのだろうか、下葉がちりぢりになる年の暮れであることよ、ということである。帝の広い御恵みの陰を頼みにしていたが、帝が崩御されて女院が退出されることを嘆いたのである。 【同 下段】 式部卿宮 陰広み 頼みし松や 枯れにけん 下葉散り行く 年の暮れかな

英語訳

【Right Page, Upper Section】 She was the daughter of the former Crown Prince, and her mother was the Rokujō Lady (Miyasudokoro). In the "Aoi" chapter, she departed as the Ise Priestess, in the "Picture Contest" chapter became a consort of Emperor Reizei, in the "Maiden" chapter became Empress, and in the "Rites" chapter became Empress Dowager. This poem was her reply when she was departing for Ise as the shrine priestess, in response to Genji's poem: "If the gods who guard the eight islands have hearts, let them censure this parting that leaves us unsatisfied." The meaning is: if the gods can see clearly with divine insight, they should first correct the casual falsehoods of one who speaks of "unsatisfying partings." "Kunitsukami" refers to earthly deities, in contrast to heavenly deities (amatsukami). 【Same, Lower Section】 Akikonomu Empress If the earthly gods in heaven are in a position to censure casual untruths, let them first set things right. 【Left Page, Upper Section】 He was the elder brother of Usugumo Lady (later Empress). Initially he was Minister of War, and in the "Maiden" chapter became Minister of Ceremonies. This poem was composed when he came to escort the Lady to his residence after Emperor Kiritsubo's death, upon seeing the lower branches of a five-needle pine in the garden withered by snow. The meaning is: has the pine I trusted in for its high branches and broad shade perhaps died? It is indeed a year's end when the lower leaves scatter in all directions. He lamented that the Lady was withdrawing from court after the Emperor, in whose broad imperial favor's shadow he had placed his trust, had passed away. 【Same, Lower Section】 Prince Shikibu-kyō The pine whose broad shade I trusted in— has it withered? Lower leaves scatter away in this year's end.