東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 6

源氏百人一首 - 翻刻

源氏百人一首 - ページ 46

ページ: 46

翻刻

【右丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の皇子(わうじ)源氏の御弟(おんおとうと) 也 始(はじめ)はそちの宮(みや)といひしを 処女巻(をとめのまき)に兵部卿(へうぶけう)と成(なり)紅梅(こうばいの) 巻(まき)にかくれ賜(たま)ふ此哥(このうた)は玉葛(たまかづら)を 恋(こひ)て詠(よみ)かけ賜(たま)へるにて心(こゝろ)は 鳴声(なくこゑ)もなき蛍(ほたる)の思(おも)ひだに 外(ほか)より消(け)すにきゆる物(もの)か消(きゆ)る 物(もの)にはあらずまして人(ひと)の思(おも)ひ こがるゝはいかにしてもやみ難(がた)し と也 思(おも)ひに火(ひ)をそへたり 【同 下段】  蛍兵部卿宮(ほたるのへうぶけうのみや) なく声(こゑ)も き こえ  ぬ むしの  おもひだに 人(ひと)のけつには  きゆるものかは 【左丁 上段】 父(ちゝ)は太宰少弐(だざいのせうに)母(はゝ)は夕顔(ゆふがほ)の 乳母(めのと)也 夕顔(ゆふがほ)うせて後(のち)玉(たま) かづらをぐして父母(ちゝはゝ)と共(とも)に 筑紫(つくし)に下(くだ)り年(とし)経(へ)て玉葛(たまかづら) 帰京(きけう)の時(とき)は彼所(かしこ)にとゞまりし 人也 下(しも)の兵部(へうぶ)の君(きみ)の姉(あね)也 此歌(このうた)は筑紫(つくし)へ下(くだ)る時(とき)に舟哥(ふなうた) のあはれなるを聞(きゝ)てよめる也 心は我身(わがみ)こそ夕顔(ゆふがほ)をこひし くおもふなれ舟人(ふなびと)も誰(たれ)を恋(こふ) とてかうら悲(がな)しげに声(こゑ)の聞(きこ) ゆると也 大島(おほしま)は筑前(ちくぜん)也 大島(おほしま) の浦(うら)といひ懸(かけ)たりうらが なしは心悲(こゝろがな)し也 【同 下段】  兵部姉(へうぶのあね)御許(おもと) 舟人(ふなびと)も   たれを  こふとか  大島(おほしま)の うら がなし  げに 声(こゑ)の   聞(きこ)ゆる

現代語訳

【右丁 上段】 桐壺の帝の皇子で、源氏の御弟である。初めは祖父の宮と言ったが、少女の巻で兵部卿となり、紅梅の巻で亡くなられる。この歌は玉葛を恋して詠みかけられたもので、歌の意味は次のようである。鳴き声もない蛍の恋心でさえ、外から消そうとしても消えるものではない。消えるものではないのに、まして人の恋い焦がれる思いは、どうしても止み難い、ということである。恋の思いに火を添えている。 【同 下段】 蛍兵部卿宮 鳴く声も 聞こえぬ虫の 思いだに 人の気遣いには 消ゆるものかは 【左丁 上段】 父は太宰少弐、母は夕顔の乳母である。夕顔が亡くなった後、玉葛を育てて父母と共に筑紫に下り、年月を経て玉葛が帰京する時は、彼の地に留まった人である。下の兵部の君の姉である。この歌は筑紫へ下る時に、船歌の哀れな調べを聞いて詠んだものである。歌の意味は、我が身こそ夕顔を恋しく思うのに、船人も誰を恋うてか、このように心悲しげに声が聞こえることよ、ということである。大島は筑前国のことである。大島の浦と言い掛けている。「うらがなし」は心悲しいという意味である。 【同 下段】 兵部姉御許 船人も 誰を恋うとか 大島の 浦悲しげに 声の聞こゆる

英語訳

【Right Page, Upper Section】 A prince of Emperor Kiritsubo and younger brother of Genji. Initially called Souchi-no-miya, he became Hyōbukyō (Minister of War) in the Otome chapter and passed away in the Kōbai chapter. This poem was composed as a love letter to Tamakazura. The meaning is as follows: Even the love of a firefly, which makes no sound, cannot be extinguished by outside interference. If such love cannot be extinguished, how much more difficult it is to stop a person's burning passion. The poem adds the element of fire to the emotion of love. 【Same, Lower Section】 Hotaru Hyōbukyō-no-miya (Prince Firefly, Minister of War) Even the feelings of an insect that makes no crying sound— can they be extinguished by human intervention? 【Left Page, Upper Section】 Her father was Dazai-no-shōni (Assistant Governor-General of Dazaifu), her mother was Yūgao's wet nurse. After Yūgao died, she raised Tamakazura and went down to Tsukushi with her parents. Years later, when Tamakazura returned to the capital, she remained in that distant place. She is the elder sister of Shimo-no-hyōbu-no-kimi. This poem was composed when going down to Tsukushi, upon hearing the melancholy boat songs. The meaning is: Though I myself long for Yūgao with such yearning, whom does the boatman love that his voice sounds so heartbreakingly sad? Ōshima refers to Chikuzen Province. She makes a play on words with "Ōshima-no-ura" (Ōshima Bay). "Uraganashi" means heartbreaking or sorrowful. 【Same, Lower Section】 Hyōbu-no-ane Omoto (Elder Sister of Hyōbu) Whom does the boatman love, I wonder, that at Ōshima Bay his voice sounds so sorrowfully?