翻刻
【右丁 上段】
父母(ちゝはゝ)は姉(あね)おもとに同(おな)じ幼(よう)
名(めう)はあてきといへりこれも玉(たま)
かづらに倶(ぐ)してくだり帰京(きけう)
の時(とき)も従(したが)ひ登(のぼ)れる人也 此(この)
うたも上(かみ)と同(おな)じ時(とき)に詠(よめ)るに
て心(こゝろ)は来(き)し方(かた)も行先(ゆくさき)も知(し)ら
ず四方(しはう)渺々(べう〳〵)たる沖中(おきなか)に漕(こぎ)
出(いで)ては我身(わがみ)の上(うへ)も定(さだ)まら
ねばいづかたに落付(おちつき)て君(きみ)を
恋(こふ)る身(み)とならん事(こと)ぞと也
あはれはあゝと云(いふ)歎詞(なげきことば)はれ
といふ嘆詞(なげきことば)を一ッにしたる
物(もの)にて俗(ぞく)にも息(いき)を長(なが)く
あゝと引(ひく)に同(おな)じなげき
ことば也
【同 下段】
兵部君(へうぶのきみ)
来(こ)しかたも
ゆくへも
し
らぬ
沖(おき)に
出(いで)て
あはれはいづ
くに
きみを
こふらむ
【左丁 上段】
肥後(ひご)の国人(くにうど)太宰太監(だざいのたいげん)也
此うたは田舎心(ゐなかごゝろ)に玉かづら
を恋(こひ)て忌(いみ)きらはるゝをも
しらずしてよめる也 心(こゝろ)は君(きみ)
に対(たい)して万(まん)一 心替(こゝろがは)りする
物(もの)にもあらば肥前国(ひぜんのくに)松浦(まつらの)
郡(こほり)鏡(かゞみ)の明神(めうじん)を懸(かけ)てち
かひを立(たて)んと也 鏡(かゞみ)の神(かみ)は
神功皇后(じんぐうくわうごう)の御鏡(みかゞみ)を神(かみ)と
まつれる也
【同 下段】
大夫(たいふのげん)
きみにも
し
こゝろ
たがはゞ
松浦(まつら)
なる
鏡(かゞみ)の神(かみ)を
かけて
ちかはむ
現代語訳
【右丁 上段】
父母は姉御許と同じである。幼名はあて君と言った。この人も玉葛と一緒に筑紫に下り、帰京の時も従って上った人である。この歌も上(姉)と同じ時に詠んだもので、歌の意味は次のようである。来し方も行く先も分からず、四方が広々とした沖中に漕ぎ出しては、我が身の上も定まらないので、どちらに落ち着いて君を恋う身となることだろうか、ということである。「あはれ」は「あゝ」という嘆きの言葉と「はれ」という嘆きの言葉を一つにしたもので、俗にも息を長く「あゝ」と引くのと同じ嘆きの言葉である。
【同 下段】
兵部君
来し方も
行く方も
知らぬ
沖に出でて
あはれはいずくに
君を恋うらん
【左丁 上段】
肥後国の人で、太宰大監である。この歌は田舎心で玉葛を恋して、忌み嫌われることも知らずに詠んだものである。歌の意味は、君に対して万一心変わりするようなことがあれば、肥前国松浦郡の鏡の明神にかけて誓いを立てよう、ということである。鏡の神は神功皇后の御鏡を神として祀ったものである。
【同 下段】
大夫監
君にもし
心違わば
松浦なる
鏡の神を
かけて誓わん
英語訳
【Right Page, Upper Section】
Her parents are the same as her elder sister Omoto. Her childhood name was Ate-kimi. She also went down to Tsukushi together with Tamakazura, and accompanied her when returning to the capital. This poem was also composed at the same time as her elder sister's. The meaning is as follows: Not knowing either the past or the future, rowing out into the vast open sea in all directions, with my own fate uncertain, I wonder where I will settle down to become one who loves you. "Ahare" is a combination of the lament word "ah" and the lament word "hare," similar to the common practice of drawing out a long breath saying "ah" - it is a word of lamentation.
【Same, Lower Section】
Hyōbu-no-kimi
Neither my past
nor my future
do I know—
rowing out to sea,
ah, where shall I
long for you?
【Left Page, Upper Section】
A person from Higo Province, serving as Dazai-no-taigen (Senior Inspector of Dazaifu). This poem was composed with rustic feelings, loving Tamakazura without knowing that he was despised and rejected. The meaning is: If by any chance my heart should change toward you, I would make a vow invoking the mirror deity of Matsura District in Hizen Province. The mirror deity is the deified sacred mirror of Empress Jingū.
【Same, Lower Section】
Taifū-no-gen
If my heart should
ever prove false
to you,
I swear by the mirror
deity of Matsura