東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 6

源氏百人一首 - 翻刻

源氏百人一首 - ページ 55

ページ: 55

翻刻

【右丁 上段】 鬚黒(ひげぐろ)のおとゞの妾(せふ)なり 此うたはおとゞ玉(たま)かづらに心(こゝろ) をうつされて北(きた)の方(かた)心(こゝろ)乱(みだ) れ火取(ひとり)のはひをおとゞに なげかけて衣(きぬ)なども 焼(やき)たる時(とき)に詠(よめ)る也こゝろは 北(きた)の方(かた)の見捨(みすて)られて一人(ひとり) 居(ゐ)たまへるより物(もの)おもひに こがるゝ胸(むね)のくるしさをこ らへ兼(かね)たまへるうはなりんね たみに心(こゝろ)を焼(やき)てかゝる事 も出来(いでき)し也と北(きた)の方(かた)を取(とり) なして自(みづから)の妬(そね)みをもかす めし也 独(ひとり)に火取(ひとり)をよせ たり 【同 下段】  杢君(もくのきみ) 独(ひとり)居(ゐ)て こがるゝ  むねの くるし  きに おもひ  あまれる ほのほとぞ   見し 【左丁 上段】 父(ちゝ)はひげぐろのおとゞ母(はゝ)は式部(しきぶ) 卿宮(けうのみや)の御娘(おんむすめ)也 蛍(ほたる)の宮(みや)のおも ひ人となり宮(みや)うせたまひて 後(のち)紅梅(こうばい)のおとゞの北(きた)の方(かた)と 成(なる)此(この)うたは母(はゝ)に従(したが)ひて父(ちゝ)の 家(いへ)を出(いで)さる時(とき)に柱(はしら)につけて 残(のこ)し置(おけ)るうた也 心(こゝろ)は今(いま)を かぎりとて此やどを離(はな)れ ゆけどもあけくれ馴(なれ)きつ る槙柱(まきばしら)よ我(われ)を忘(わする)る事(こと)な かれたとへ人はわするとも と云心也 宿(やど)かれは夜(よ)かれな ども云(いふ)に同(おな)じまきは真木(まき) にてひの木(き)をいふ 【同 下段】  槙柱上(まきばしらのうへ) 今(いま)はとて  やどかれぬ     とも なれきつ 槙(まき)の る はしらよ 我(われ)を わす  るな

現代語訳

【右丁 上段】 髭黒の大臣の妾である。この歌は大臣が玉鬘に心を移されて、北の方が心を乱し、火取(火鉢)の灰を大臣に投げかけて衣なども焼いた時に詠んだものである。歌の意味は、北の方が見捨てられて一人でいらっしゃることから、物思いに焦がれる胸の苦しさを堪えきれなくなられた。後妻への妬みに心を焼いて、このようなことも起こったのだと、北の方を弁護して、自分の嫉妬心もごまかしたのである。「独り」に「火取り」を掛けている。 【同 下段】 杢君 独り居て 焦がるる胸の 苦しきに 思いあまれる 炎とぞ見し 【左丁 上段】 父は髭黒の大臣、母は式部卿宮の御娘である。蛍宮の恋人となり、宮が亡くなった後、紅梅の大臣の北の方となる。この歌は母に従って父の家を出る時に、柱につけて残し置いた歌である。歌の意味は、今を限りとしてこの宿を離れて行くけれども、朝夕馴れ親しんだ槙柱よ、私を忘れることがないでほしい。たとえ人は忘れても、という心である。「宿かれ」は「夜かれ」などと言うのと同じである。槙は真木で、檜の木をいう。 【同 下段】 槙柱上 今はとて 宿離れぬとも 馴れきつる 槙の柱よ 我を忘るな

英語訳

【Right Page, Upper Section】 She was a concubine of Lord Higekuro. This poem was composed when the lord transferred his affections to Tamakazura, causing his principal wife (kita no kata) to lose her composure and throw ashes from a brazier at him, burning his clothes and other items. The meaning of the poem is: The principal wife, being abandoned and left alone, could no longer bear the anguish of her heart burning with longing and jealousy. Her heart was consumed with envy toward her rival, leading to such an incident. She defends the principal wife while also concealing her own jealousy. There is a wordplay between "hitori" (alone) and "hitori" (brazier). 【Same, Lower Section】 Moku no Kimi Living alone, my heart burns with such anguish— I saw it as flames born of excessive longing. 【Left Page, Upper Section】 Her father was Lord Higekuro, and her mother was the daughter of Prince Shikibu-kyō. She became the beloved of Prince Hotaru, and after the prince's death, became the principal wife of Lord Kōbai. This poem was left attached to a pillar when she departed her father's house following her mother. The meaning of the poem is: Though I must now leave this dwelling forever, O familiar maki pillar that I have known morning and evening, please do not forget me, even if people may forget. "Yado kare" (leaving the dwelling) is the same as saying "yo kare" (night passing). Maki refers to real wood, specifically cypress. 【Same, Lower Section】 Makibashira no Ue Now that I must leave this dwelling, O maki pillar I have grown fond of, do not forget me.