東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 6

源氏百人一首 - 翻刻

源氏百人一首 - ページ 60

ページ: 60

翻刻

【右丁 上段】 朱雀院(すざくゐん)の更衣(かうい)にて落葉宮(おちばのみや) の御母(おんはゝ)也 此歌(このうた)は落葉宮(おちばのみや)柏木(かしはぎ) の北方(きたのかた)となり給ひて後(のち)に柏(かしは) 木(ぎ)うせたるを夕霧(ゆふぎり)とぶらひ て○時(とき)しあればかはらぬ色(いろ)に 匂(にほ)ひけり片枝(かたえ)枯(かれ)にし宿(やど)の 桜もとよみかけられたる返(かへ)し也 心(こゝろ)は今年(ことし)の春(はる)は柏木(かしはぎ)の行方(ゆくへ) しれず死(しに)うせたるなげきは 涙(なみだ)の玉目(たまめ)に絶(たえ)ずと也 柳(やなぎ)の芽(め) に露(つゆ)の玉(たま)貫(ぬき)たるにいひかけ て柏木(かしはぎ)の死(し)を花(はな)の散(ちり)しによ そへたり 【同 下段 左から読む】  ねば しら 行方(ゆくへ) 花(はな)の 咲散(さきちる)   ぬく  玉(たま)は     ぞ 柳(やなぎ)のめに 此春(このはる)は 一条御息所(いちでうのみやすどころ) 【左丁 上段】 朱雀院(すざくゐん)の皇女(わうぢよ)にて二宮(にのみや)也 御(おん) 母(はゝ)は下﨟(げらふ)の更衣腹(かういばら)若菜(わかなの) 巻(まき)に柏木(かしはぎ)の北方(きたのかた)となり柏(かしは) 木(ぎ)うせて後(のち)夕霧(ゆふぎり)の思(おも)ひ人(びと) となり給(たま)ふ一条(いちでう)の宮(みや)とも 小野宮(をのゝみや)ともいふ此歌(このうた)は御母(おんはゝ) 更衣(かうい)うせてのち夕霧(ゆふぎり)に むかへられて一条院(いちでうのゐん)にわたり 給(たま)はんとする時(とき)に詠(よみ)給(たま)へるにて 心(こゝろ)は御母(おんはゝ)の火葬(くはさう)の煙(けぶり)ともに 此身(このみ)も消(きえ)うせてこゝろにそ まぬ一条(いちでう)の方(かた)へは行(ゆか)ぬやう にせまほしきものよと也 【同 下段】  落葉宮(おちばのみや) のぼりにし みねのけぶり     に たち  ま じり 思(おも)はぬ かた  に なび かずも がな

現代語訳

【右丁 上段】 朱雀院の更衣で落葉宮の御母である。この歌は落葉宮が柏木の北方となられて後に柏木が亡くなったのを夕霧が弔問して「時しあれば変わらぬ色に匂いけり片枝枯れにし宿の桜も」と詠みかけられた返歌である。歌の意味は、今年の春は柏木が行方知れず死んでしまった嘆きで、涙の玉が目に絶えないということである。柳の芽に露の玉を貫いたことに言いかけて、柏木の死を花の散ったことになぞらえている。 【同 下段】 一条御息所 この春は 柳の芽に 貫く玉は 花の散り行く 行方知らねば 【左丁 上段】 朱雀院の皇女で二宮である。御母は下臈の更衣腹。若菜巻で柏木の北方となり、柏木が亡くなって後、夕霧の思い人となられる。一条宮とも小野宮とも言う。この歌は御母更衣が亡くなって後、夕霧に迎えられて一条院に移られようとする時に詠まれたもので、歌の意味は、御母の火葬の煙とともにこの身も消え失せて、心にそまない一条の方へは行かないようにしたいものだということである。 【同 下段】 落葉宮 昇りにし 峰の煙に 立ち混じり 思わぬ方に 靡かずもがな

英語訳

【Right Page, Upper Section】 She was a court lady (kōi) of Suzaku-in and the mother of Princess Ochiba. This poem is her response to Yūgiri's consolation poem when he visited to mourn Kashiwagi's death after Princess Ochiba had become Kashiwagi's consort: "When the season comes, they bloom in unchanging color—even the cherry blossoms of a dwelling where one branch has withered." The meaning is that this spring, with the grief of Kashiwagi's mysterious death, tears like jewels never cease from her eyes. The poem alludes to dewdrops strung like jewels on willow buds, comparing Kashiwagi's death to the scattering of flowers. 【Same, Lower Section】 Ichijō Miyasudokoro This spring, the jewels threaded on willow buds— I know not where the scattered flowers have gone. 【Left Page, Upper Section】 She was a princess of Suzaku-in, the Second Princess. Her mother was a low-ranking court lady. In the Wakana chapter, she became Kashiwagi's consort, and after Kashiwagi's death, she became Yūgiri's beloved. She is also called Ichijō-miya or Ono-miya. This poem was composed when her mother the court lady died and she was about to be taken by Yūgiri to move to Ichijō-in. The meaning is that she wishes her body could vanish together with the smoke of her mother's cremation, so that she would not have to go in a direction that goes against her heart—toward Ichijō. 【Same, Lower Section】 Princess Ochiba Rising toward the peak, may I mingle with that smoke and not be drawn toward a direction I do not desire.