翻刻
権の太夫といふ浦人あり。此うつほ船を見出しすわや浮木の寄
にこそ薪(たきゞ)にせんと浦へ引上。斧(おの)をとつて打 破(やぶ)ればやさしき姫
君一人おわす太夫おどろき汝たゞ人にあらず御名をなのり給へと
姫君 答(こたへ)ての玉わく我(われ)は化生の者にあらず天竺旧仲国王の
娘也けい母のざんげんにもつて此 難(なん)にあへり仏法 流布(るふ)の国ならば
引上よ我 涯分報答(かいふんほうとう)をせんと有ければ。太夫我家につれ帰り。
いつきかしつき奉り。たなごゝろの玉と愛(あい)せり。然(しか)るに姫君 違例(いれい)
の心地して終に北亡(ばう)の露(つゆ)ときへ給ふ。太夫 夫婦(ふうふ)なけきのあまり■く
唐櫃(からひつ)をこしらへ彼なきからを入申て渇仰(かつけう)し奉る或夜の夢(ゆめ)に
我に食をあたへよ後かならず汝か為(ため)に恩を報(はう)ずべしと。夜明てから
ひつを開きけれは有し御 形(かたち)水とけしてたゞ。小虫となつてありけり。何がな
食物を奉らせんとあんじけるが。此君の国は桑こそ多けれうつほ舟
も桑也とて桑の葉をとつてあたへしに虫悦て桑の葉にとり付是
を食し次第に成(せい)長し給ふ或時此虫桑も食せす皆 頭(かしら)を一様
にあけてわな〳〵としたる体也 夫婦(ふうふ)おどろき是は何とてかくあらんと
いふに。其夜の夢に告(つげ)て曰相かまへて騒(さわく)事なし我国に有し時 獅子(しゝ)