翻刻
【右丁】
いかにもすへきことのはもなきわか
身のありさまそやさきの世に
いかなることのあるやらんいまかゝる
おもひをすかむしろしきたへのま
くらもうくはかり御なみたのひま
もなしとかきくとき給ひていまは
つゆのいのちもいとゝをきところ
なきそとよなとせんかたなけに
みえさせ給へはすけなく〳〵申
けるはあな御うたてのありさまや
それにつけても御心をつよく
もたせ給ていま一たひこひしき
御かた〳〵をも御らんし候へと申けれは
【左丁】
うちなき給ひていまはたゝわか身の
事はこひしき人々ゆへにたのみも
なけれはそれをこそふかくのちの
世まてもたのむそよわれはか
なくなりたらはそれにはいのちを
なかくして中将のかたみの物わか
君の御くそくなといろ〳〵とり
出てこれをこそ此ほとはみてなく
さみつれともむなしくなりなは
うき世はくるまのわのことしめくり
あひまいらせ給はゝこと〳〵くかへし
まいらせ給へとて此御かたみともを
御かほにをしあてゝ又なきかなしみ
現代語訳
【右丁】
どうにも言うべき言葉もない私の
身の有様よ。来世に
どのようなことがあるのだろうか。今このような
思いをするよりも、むしろ敷き重ねの
枕も憂いばかり、お涙の途切れる
間もないと書き口説きなさって、今は
露のような命も、いよいよ置き所
がないのだよ、などとどうしようもなく
お見えになるので、介は泣く泣く申し
上げるには「ああ、何とお嘆かわしいお様子でしょう。
それにつけても、お心を強く
お持ちになって、もう一度恋しい
お方々をもご覧になってください」と申し上げると、
【左丁】
お泣きになって「今はただ私の
ことは恋しい人々のゆえに頼みも
ないけれど、それこそを深く来世
まで頼むのです。私が
亡くなったならば、それには命を
長くして、中将の形見の品や、我が
君のお道具類など、いろいろ取り
出して、これこそをこの頃は見て慰み
つれども、虚しくなったならば、
憂き世は車の輪のように巡り
お会い申し上げなさったら、ことごとく返し
申し上げてください」と言って、このお形見の品々を
お顔に押し当てて、また泣き悲しみ
英語訳
【Right page】
There are no words that I could possibly say about the state of my
existence. I wonder what will happen in the next world? Rather than
having such thoughts as these now, even my layered
pillows bring only sorrow, and there is no respite from my tears," she lamented, saying "Now even
this dewdrop-like life has no place
to rest," appearing utterly helpless.
The attendant, weeping, said:
"Ah, what a pitiful state you are in!
Even so, please strengthen
your heart and once more see those beloved
persons whom you long for," she pleaded.
【Left page】
Weeping, the princess said: "Now, as for myself,
because of those beloved people, I have no
hope left, but that is what I deeply trust in, even into the next
world. When I have
died, you must live
long, and the Middle Captain's keepsakes and my
lord's belongings—take out all these various things.
These are what I have been looking at lately for comfort,
but when I am gone,
this sorrowful world turns like a wheel, and
if you should meet them again, please return
everything to them." Saying this, she pressed these keepsake items
against her face and again wept in sorrow.