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コレクション: 越葵文庫

家譜 二十六 吉品公 従宝永七年到正徳二年 - 翻刻

家譜 二十六 吉品公 従宝永七年到正徳二年 - ページ 14

ページ: 14

翻刻

    今日江戸御屋敷出立   一 四月廿三日     吉邦様江戸 御発駕中山道通御旅行   一 同月廿四日 御様体以之外御指重ニ付御道中迄御腰物役     桑山権兵衛《割書:重|共》被指遣之   一 同日右同断ニ付京都ゟ医師御招被成度ニ付御使番八田金右衛門《割書:栄|次》     早駆ニ而京都江被指遣之   一 同月廿六日     吉邦様ゟ御病気御見廻之御使高屋善右衛門《割書:長|英》福井江着     御泉水御屋敷江罷出候ニ付御目見被仰付御口上善右衛門     御直ニ申上之   一 同月廿七日御腰物役桑山権兵衛《割書:重|共》於信州望月駅御様体之趣     吉邦様江申上之右ニ付御医師為御願同駅ゟ御使者御使番     土屋十郎右衛門《割書:貴|充》江戸表江被指遣之   一 同月廿八日右同断御使者土屋十郎右衛門《割書:貴|充》江戸着ニ付中務大輔《割書:昌|平》様     志摩守《割書:直|丘》様此 御屋敷江御越御医師之儀御相談有之   一 同月廿九日右同断ニ付御医師御願之御書付御用番大久保     加賀守《割書:忠|増》殿江中務大輔《割書:昌|平》様御持参御指出被成《割書:向井将監殿|御同道》

現代語訳

今日江戸御屋敷を出立した。 一、四月二十三日 吉邦様が江戸を御発駕し、中山道を通って御旅行された。 一、同月二十四日、御様体が非常にお重くなったため、御道中まで御腰物役の桑山権兵衛(重共)を派遣した。 一、同日、右同様のため、京都から医師をお招きしたいとのことで、御使番八田金右衛門(栄次)を早駆けで京都へ派遣した。 一、同月二十六日 吉邦様からの御病気御見廻いの御使高屋善右衛門(長英)が福井へ到着し、御泉水御屋敷へ出向いたため、御目見を仰せ付けられ、善右衛門が直接御口上を申し上げた。 一、同月二十七日、御腰物役桑山権兵衛(重共)が信州望月駅において御様体の趣を吉邦様に申し上げた。これにより御医師をお願いするため、同駅から御使者として御使番土屋十郎右衛門(貴充)を江戸表へ派遣した。 一、同月二十八日、右同様の御使者土屋十郎右衛門(貴充)が江戸に到着したため、中務大輔(昌平)様、志摩守(直丘)様がこの御屋敷へお越しになり、御医師の件について御相談があった。 一、同月二十九日、右同様のため、御医師をお願いする御書付を御用番大久保加賀守(忠増)殿へ、中務大輔(昌平)様が御持参して御提出された(向井将監殿が御同道)。