翻刻
〇爰に本郷
新町に三河屋彦兵衛と
いふ人あり味噌渡世にて最繁昌(もつともはんぜう)
なりしが其妻とよ女は右二日の夜
家内皆|寝(いね)たるゆへ当方の男子に
小便させんと庭へ下けるに折ふし
右地震にて所那(なヤ)【「阿那」の誤字ヵ】と駚素(おどろきもと)の所へ立返ん
とするに大じ震動(しんどう)強(つよく)して右糀室|開(ひら)き
穴の中へ滅込(めりこむ)ととよ女は小児を抱(いたき?)たる侭(まゝ)一声
|喚(さはひ)て落入けり是に駚(おどろき)夫彦兵衛下人迄立
騒(さはぎ)て赦(たすけ)んとする間(うち)四方の土|崩(くづれ)落柱の根
ゆるみ大家崩|倒(たふれ)諸品落重るゆへ残念ながら
赦(たすけ)る術(てたて)なく暫見合しけるに其家|崩(くつれ)倒たる上
四方に火災起(くはじおこり)しゆへ弥(いよ〳〵)以騒乱いやまし我身
すら最危(はなはだあやう)し右左する間夜はあけ火は
鎮りしか時々|余動(よどう)は止ず捨おき
かたきにより乱崩たるを取除土中を
掘せけるに右とよ女は小児の足を把【誤字ヵ】
たる侭母子共に色変死|卒(はてたり)
彦兵衛は更也心なき下人迄
悲歎の泪(なみだ)にむせび竟葬(つひにとむらひ)をなし
けり天災(てんさい)とは雖実(いへともじつ)に歎(なげく)に余(あまり)あり
如此なるを以其|騒乱(そうらん)の甚敷を知(しる)へし右
糀室の崩(くつれ)たる所は丸太を橋とし今|往来(わうらい)せしむる也