翻刻
夏も団扇は採(と)るにおよばず遠き大 島(しま)は
彩雲(さいうん)の幕(まく)を張(はり)たるごとく近き初嶋(はつしま)は
萌黄(もえぎ)の蚊屋(かや)をたゝむに似(に)たり沖の白 帆(ほ)
は天を摩(ま)して走(はし)ろ磯の釣船(つりふね)は浪に
随(したがつ)て躍(をど)る兜(かぶと)岩松の掌(こぶし)を握(にぎ)り烏帽子
岩苔(こけ)のひたゝれを着(き)たり滄海(そうかい)嶺岳(れいがく)の
脚色(きやくしき)天 工(こう)自然(しぜん)の大 機関(からくり)なれば縮地(しゆくち)の術
の写真(しやしん)鏡(きやう)にもうつしとるべき絵(ゑ)行脚(あんぎや)は
あるまじ此地に□る事 挽物(ひきもの)細工の三 巡(めぐ)り余(あま)り
金 環(くはん)を浴(よく)すと賦(ふ)したる入湯の外なにのす
さみもあらず白 駒(く)の隙(げき)を空(むなし)うせんも張三 李(り)四
にひとしければ羈囱(きそう)のもとに硯を濡(ぬら)し其 視(みる)
所(ところ)聞(きく)処(ところ)を記(しる)し京水が画図(ぐはと)を加(くわ)へたるものを
いかめしく熱海(あたみ)温泉(おんせん)図彙(づゐ)と題(だい)せり旅中(りよちう)の筆
の心忙(せは)しければ聞(きき)漏(もら)し見もらし引もらし
たる書も多かるべし例の拙(つたな)き筆のはこびは