翻刻
【左側上段】
りといふ。
●罹災後の景況
▲富山の郊原 富山全体の戸数一万四千の内、今回の大火に
て、約六千戸を焼失(せうしつ)したることゝて、富山市は一望|悉(こと〴〵)く原野(げんや)
と化したり、誰(たれ)やらが「草餅や富山は広き野なりけり」。と嘲け
りしも思ひ偲(しの)ばれて哀れなり。
●罹災雑事
▲古今未曾有の火災 去る十八年の大火ありしも、未(いま)だ公共の
大建物を此程までに焼失せしめざりしが、今回の大火は殆(ほと)んど
富山市の大なる建築物(けんちくぶつ)は悉皆|烏有(ういう)に帰(き)せしめたるは、古今未曽
有の火災と云ふべし。
▲富山市民の徹夜 従来中野町火元の出火は、何れの時も劇甚
なりしを以(もつ)て、今回の出火には、全市民(ぜんしみん)は、そりや中野町の火
事ぞと騒(さわ)ぎ出し、何れも家財(かざい)の取片けに従事せる為め、火事場
は大火の割合に人出で少なく、市中は只だ静りかへりてありし
が、全市民はいづれも徹夜(てつや)をなし居たり。
▲囚人の逃走 当監獄署|囚人(しうじん)数名(すめい)は、大火の騒に逃走せしが、
終(つひ)に同監獄署附近に於て逮捕(たいほ)せられたり。
▲富山警察署員の奔走 同署の沢原署長及ひ富、生駒の両警部
は、自家の焼失せしにも拘らず、署員を指揮(しき)監督(かんとく)せしが為め、
声(こえ)を涸(か)らし、尚巡査部長等も、各声を涸らしたりとなり。
▲病院の混雑 市立病院には、夥多の入院患者を収容(しうよう)ありし為
め、之を運搬(うんぱん)するに際し、一時頗る混雑(こんざつ)を極めたるも、幸ひに
負傷者なく、無事(ぶじ)に桃井町なる仮病院へ移転(ゐてん)せしめたり。
▲往来の雑沓 鎮火後(ちんくわご)谷町の往来人(わうらいにん)は頗る多く、為めに雑沓す
ること一方ならず、道具を荷車(にぐるま)に載せて運搬するもあれば、畳建
具を持(も)ち運(はこ)ふも有りて、殆んど全市戦争場の如き観を呈せり。
【左側下段】
▲停車場の雑沓 高岡市及び金沢市其他諸方の市町村にては、
富山市の大火と聞くや、見舞(みまひ)其他手伝等の為め、幾多の人々|汽(き)
車(しゃ)に乗(の)りて、当市に来りし為め、富山停車場の混雑甚だしく、
一同の乗車人三百名余の多きに上れり。
▲迷児并負傷者 今回の大火に際し、家人は家財器具の取片附(とりかたづけ)
に従事中、子供は何処へか迷(まよ)ひ行きし者頗る多(おほ)かりしと、負傷
者も亦少からざりし。
▲村落人民の火事場見物 富山市に大火あるや、近郷(きんがう)近在(きんざい)の各
村落人民は、各隊を組んで当市に来り、見舞旁々各町の火事場
跡の見物をなす者甚だ多かりき。
▲高岡商人の機敏 富山市の大火に際し、発火(はつくわ)最中(さいちう)早くも高岡
市人は、四分板及び屋根板(やねいた)を当市に運搬し来りて売捌き居た
り。
▲大工の行迷 大火災後金沢其他の地方より一時に多(おほ)くの大工
入り込みたるも、目下(もつか)市会(しくわい)にて、市区改正の議あると、一は木
材の頓(とみ)に暴騰(ぼうとう)せる結果、災民中資力ある者も、彼是躊躇し、家
屋建築を見合はせ当座は一般に仮小屋(かりこや)の内に起臥(きぐわ)するの方針に
出てたれは多くの大工は、其の望(のぞみ)を失(うしな)ひ、却て平常の賃銭に比
し、低廉(ていれん)に傾きたる奇観を呈し居れりと。
●火災損害見積価格概要
▲市有営造物の部
一富山市役所建物坪数 百八十三坪五合
一同 土蔵 十坪
此建築費 金一万有余円
一諸器械代価 金千二百円
一富山市立高等小学校建物坪数 五百九十七坪二合五勺
此建築費 金二万四千円