みんなで翻刻ver1

コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十七號 明治三十二年八月諸國災害圖會 - ページ 27

ページ: 27

翻刻

【右側上段】 はあらざりしも。斯かる暴風(ぼうふう)の事故。自然電線(じぜんでんせん)に緩るみを生じ 相混線(あいこんせん)する際には。危険の虞あるを以て。此の如くなせしなり。 又|此度(このたび)の暴風には。電柱電線に格別の被害(ひがい)なく。唯だ生産町の 本線に一ケ所と。他の引込み線に数ケ所及び当市小山間(とうしこやまかん)の電柱 に。十数本の曲みを生(せう)せしのみなりといふ。 ▲商法会議所 新築(しんちく)なれども構造の高大なる為め被害殊(ひがいこと)に多く 屋根瓦は所々吹き飛されて。雨漏(あめも)り甚しく。家は少しく西北に 傾(かたむ)きて塗壁は亀裂(きれつ)を生じ。硝子窓は破れ。畳は濡れ構内の立塀 は倒れ。随分狼藉たる有様(ありさま)なり。 ▲浪速銀行 随分(ずゐぶん)の被害なり。屋根瓦飛(やねかわらと)ひ雨漏して。天井の張 紙を損じ倉庫の屋根殊に甚しく砕(くだ)け居れり。併し貨物に損害(そんがい)な かりしは仕合(しあはせ)なるべし。土蔵の半腹には瓦吹(かわらふ)当て打込ある跡あ りと云ふ。深さ二寸位の凹穴(わうけつ)あり。以て風力の猛烈(もうれつ)なりしを見 るべし。玄関(げんくわん)の上 鉄葉(ぶりき)張り屋根は破れ。硝子窓も所々毀(しよ〳〵こわ)れ居れ り。 ▲百四十七銀行 被害尠(ひがいすく)なく。屋根瓦等所々損じたる迄なり。 尤も同行所有|海岸(かいがん)の倉庫は多少被害ありたり。 ▲農工銀行の被害 当地農工銀行は。格別の被害(ひがい)なく。只だ土 蔵の棟瓦(むねかはら)を取りて。ソコニ大穴を穿てりと。 ▲鶴江崎神社 非常に破損を来たし。神門(しんもん)の如き大に傾斜(けいしや)し。倒 れざること僅かに一歩のみ。尚ほ境内(けいだい)に在る老松は中腹よりし て折れたり。 ▲両本願寺の被害 市内|建築物(けんちくぶつ)の内にて。宏壮(こうそう)の一に数へらる 東西両本願寺の被害(ひがい)を見るに西本願寺別院の方は。建築の新ら しき為め稍々尠なく。只だ本堂(ほんどう)の屋根瓦(やねかわら)を多少吹き損じ居るを 見受けたり。宏壮堅牢(こうそうけんろう)彼れが如きものをして。尚ほ此の状を呈 せしめしを見て。以て風力(ふうりよく)の劇烈(げきれつ)なるを察すべし。又東本願寺 【右側下段】 別院は建築の古き丈非常の損害にて、本堂、御堂、台所の棟の 瓦は大抵吹き飛され。壁は倒れ構内の樹木は折れ。門扉は飛ん て街頭(かいとう)に横はり。殊に総会所の如きは。更に一層の惨状(さんじやう)を呈し 居れり。されば本堂|修繕(しゆうぜん)中は。広間(ひろま)に五尊の仮安置をなせしと 云ふ。 ▲南林寺の松樹 千年の色緑(いろみど)りなる南林寺の松樹にも、暴風(ぼうふう)に は。堪(た)へ得すして。全く倒れたるもの三十七本、中途より折れ しもの二十四本の多きに及ひたり。 ▲耶蘇教会堂 中の平美以教会堂も崩壊せり、又其附近なる竹 之内米屋の煙突は同しく壊裂(くわいれつ)して。其下に在りし馬車に落掛り 見事(みごと)破壊せり。 ▲師範学校は 理化学実験室の家屋棟等の瓦の破損を始めと し。表門監所(おもてもんかんしよ)の家屋、講習生控所、手工場、男子寄宿舎。食堂 炊事場、其の他数ケ所の棟屋根等の瓦に。少破損(せうはそん)を生し、女子(ぢよし) 部界板塀(ぶさかひいたべい)二十間|余(よ)を吹き倒(たほ)し。尚ほ硝子板二百枚を打ち毀せ しまてにて事済(ことす)みたりと。 ▲造士館 は校長室の棟瓦を悉く吹き飛はされしにより。室中 為めに星を眺(なが)むるの有様(ありさま)となれり。 ▲第一中学校 は棟(むね)及屋根等の瓦を吹き去られしは。何処も同 し事なれとも。他校よりは一|層甚(そうはなはだ)しきが如し。夫れが為(た)め各室 共|宛然屋根(さながらやね)なき室の如く。雨の漏ると云ふよりは。寧(むし)ろ降ると 云ふ有様にて。天井紙(てんぜうかみ)は寸々(ずた〳〵)に千切(ちぎ)れて落ち。土壁は残る隈な く毀はれ。殊に控室の天井は。三分の二も破壊(はくわい)しあるを見た り。 ▲高等小学校 の被害(ひがい)は是ぞと云ふ可き程もなし。先づ師範学 校と同様(どうやう)の被害と見れは大差(だいさ)なかるへし。 ▲市立病院 は唯屋根瓦等を少(すこ)し。吹き去(さ)られしのみ。聞く同 【左側上段】 院にては風の最(もつと)も烈しく吹き荒(すさ)む頃。中下等の患者(くわんじや)を念の為め 内外科の診察室(しんさつしつ)に転室せしめたりと。然れとも此等|騒(さわ)きの為め に。患者に異状(ゐじう)を来たせしものはなく。至極無事にして皆々治(みな〳〵ぢ) 療(れう)し居れり。 ▲暴風後の市街 六十年来と云ふ未曽有(みそう)の暴風(ぼうふう)、千四百有余戸 と云ふ稀有(けう)の倒潰大破(たうくわいだいは)ありし鹿児島市街の光景。万目荒涼の状 は想像(さうぞう)だに余りあり。況して目|親(した)しく。其|実地(じつち)を巡視して。母 を呼び食を叫ぶ小児の泣声など聞くに至りては。腸を断つの思 あり。倒(たを)れて柱(はしら)なき家は勿論(もちろん)左なくも天井を吹き破られ。若く は大破損(だいはそん)を受けし家々は。十四日の夜の大雨並に翌日数度の大 雨に畳衣類(たゝみいるゐ)其他の家具(かぐ)一切ヅブ濡れと成りて。寝ることさへ出来 ず僅(わづ)かに覆(おほひ)などして雨を凌(しの)ぎしも。無惨(むざん)や十五日の夜も大雨に 襲(おそ)はれて。夜の目もふらず越えて翌朝となれば天幸にも晴れし かば。市内|何処(いづく)に行くも畳蒲団(たゝみふとん)。さては衣類等に至るまで。何れ の家にも乾し出して其の態名状すべからず。且つ破損の修繕(しうぜん)を 為さんとするも日傭人(ひようにん)すらなく。又ヒラキなとも全く売り尽さ れて。買はんとするにもあればこそ。修繕に心は焦されど。雇 はれ人もなき状態(ありさま)なれば。罹災者(りさいしや)の困難も一層なりき。 ▲風災後の倒家 風は歇みぬ。最早安心なりと。濡れたる道具 など取出して人々。災後(さいご)の支度に掛(かゝ)りし折しも。メキ〳〵と音 して。傾(かたむ)きし家のダーと打倒れ。家族は九死に一生を得て逃(のが)れ 生命のみは別条なかりしもの斯かる家屋は。市内に数多し。夜来 の強暴なる風に揉まれて。半(なか)ば倒れし侭に、余命(よめい)を繋(つな)ぎ居たる に。夜明けても起すに人手なく。柱根折(はしらねお)れて終に脆(もろ)くも斯くは 倒れしものと思はる。 ▲巡査職務に斃る 鹿児島郡伊敷村下伊敷士族巡査成尾常彦氏 は、当警察署水上派出所詰(とうけいさつしよすゐぜうはしゆつしよづめ)なりしが、彼の暴風の夜午後十二時過 【左側下段】 ぎ。非常勤務(ひじやうきんむ)に出勤の折は風力愈々激(ふうりよくいよ〳〵はげ)しくなり。国道筋は軒を 並へて倒れ居りしか。新照院町(しんせういんてう)七十五番戸郡山鐡太郎方宅前に 差掛(さしかか)りし際。郡山方の家屋倒れたる為め。痛(いた)く額(ひたい)を打撲し。其 場に倒れ。呻(うめ)き居りたるを。同僚(どうれう)の有川巡査之を認め。介抱の 上、市立病院へ送(おく)りたるも。治療(ぢれう)。其効(そのこう)なく翌日午前十一時三 十分終に死去したり。真(しん)に職務を全ふせしものと謂(いは)さる可らす 氏は巡査の職にある十八年、至誠勤勉(しせいきんべん)克く職を奉せしより。同(どう) 僚間(れうかん)に於ても非常に尊敬(そんけい)せられ居りたりと。臨終の際には。本 県庁は特に氏を巡査部長に昇進せしめたり。職務上(しよくむぜう)とは云へ。誠 に気の毒(どく)の外なかりき。 ▲巡査病人を救ふ 鹿児島郡中郡宇村の駐在所詰の巡査竹迫某 は警戒厳に勤め居りしが。駐在所は吹き倒されヅブ濡れの有様 となり。避病舎の視察(しさつ)に出て行きしに。同舎も同しく吹き倒さ れ居りしかは。篤と視察(しさつ)せし処。一人の患者(くわんじや)棟梁にて胸部を圧 され。瀕死(ひんし)の場合にてありしかば。同氏は必死に力を尽くして 漸く救(すく)ひ上けたりと。職務(しよくむ)とは言ひ乍ら。斯かる急遽(きうきよ)の場合 に於ける注意こそ奇特なれ。      (挿画参看) ▲中郡宇村の避病舎 目下二名の赤痢患者を収容しつゝありし が。暴風(ぼうふう)に丸潰(まるつぶれ)となり。事務員患者とも圧せられたるも、幸に 無事(むじ)なりし。 ▲橋より吹飛ばさる 当市西田町川内清助二男幸之助と云へる は。高等小学校の小使(こづかひ)を勤(つと)め。夜間(やかん)は車夫と化けて一心に稼(かせ)く 由なるが。十四日夜も新照院辺に居る或る学校の教員を。午後 十二時前後、築地の茶屋に送(おく)り。午前二時頃しかも風力の最も 激(はげ)しき折(をり)。空車挽(からくるまひ)きつゝ行屋橋に乗掛(のりかゝ)りしに吹捲(ふきまく)る風に車諸共 橋より。濠中(ほりなか)に吹落(ふきおと)されしに。浪は高く暗(くら)さは暗し。如何ともせ ん術(すべ)なく。四時頃迄水に浸り居りて。人|顔(かほ)見分くる頃漸く濠中