翻刻
ゑんしうさいはさすがから
子ほどありてかとう内か
いけんをあたまのうへを
とふしもせずまむきに
うけて身持
かたぎとなり
しかばおやぢ
ゑんしやうよ
ろこびなのめ
ならずゑん
しう才が
なじみ
のらい
せんふじん
を身うけし
てけふこんれ
の御しうぎめ
でたいといふ
所なり
日本なればあいにあい
おいの松こそとうたふ
ばなれどとうじんな
ればししきがんかうがかい
れいにうきうといふ#1
四方作 北尾政美画
現代語訳
燕州斎はさすが唐人だけあって、しばらくして加藤内の意見を頭上を通り過ぎるようにせずに、真正面から受けて身持ちを堅実にしたので、親父の燕昌も喜びがひとしおであった。燕州才の馴染みの来仙夫人を身請けして、今日婚礼の祝儀をめでたく行うという場面である。
日本であれば「逢いに逢い老いの松こそ」と歌うところだが、唐人なので「獅子岩高雅開霊に浮雲」という。
四方作 北尾政美画