翻刻
《割書:人いよ〳〵おそれてあたらん事をおそる 本朝寛文の中ころに|例の祭とて 水営の戦艦とも海にうかみしに海に 風たち|まちに吹をちて波わき艦おほくくたけやふれぬこれ清正の|たゝりとこそ大におそれしといふ事を《場所:対馬》の国人にひそかに承りぬ》
同き三年八月太閤薨したまひ此年十月に到つて
本朝の軍勢こと〳〵くに帰りぬこれより行長清正と
功を争ひてうつたへ起きり清正等七人の大名一ツに成て
石田治部少輔三成をうたんとす 徳川殿中やわらけ
給ふによつて三成職解てをのか所領に引こもりしかは
事たいらく同き五年の秋徳川殿奥の中納言景勝
をうち給ふ時《場所:大坂》の軍起て 徳川殿をほろほし参ら
せんとす此時清正関東に使参らせて御方仕るへき
よしを申せしかは徳川殿よろこひ給ひ《場所:肥後国》こと〳〵く
たまひいそき近国をせめしたかふへき旨を仰下さる
《割書:八月十二日に給ふところの御書のうつしを見たり津田小平次|佐々淡路守 仰をつたふへきよしをのせらる清正の二人につきて|