翻刻!地震・災害史料

コレクション: NDL地震・火山

艱難目異志. 上,下 - 翻刻

艱難目異志. 上,下 - ページ 35

ページ: 35

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【右丁】 慮(りよ)【「神慮」=神のみこころ】をすゞしめ【心を静めさせて慰める】奉る五月四日の事なるに諸人(しよにん) 市のごとくあつまりまうで【詣で】おかみ奉らんとす すでに湯(ゆ)はたぎりて玉のわきあがる事三 尺ばかり宜祢(きね)【「ねぎ(禰宜)」の語の他「きね」があり別の意。神に仕える人。神楽を奏し、祝詞をあげて神意をうかがい、それを人々に伝える神と人間とのなかだちをする人。神官、巫女(みこ)いずれにもいう。】がつゞみのこゑたかく松かせ【松風】にひゞ くふえのねに禾(くわ)【「くわし」の意味を持つ字に「委」があるのでこの字のことか。意味は、すみずみまで行届いている。】し銅拍子(とびやうし)【「どびょうし」とも。小型の銅鈸(どうばち)。おもに古代芸能、民俗芸能で用いられる。】をならし調子(?)を そろへて相待ところに年のころ五十(いそぢ)にあま る古神子(ふるみこ)の頬車骨(ほうぼね)あれて色くろきが白髪(しらが) まじりの鬘(かづら)をゆりさげ白きうちかけしてねり いで鈴(すゞ)ふりあげ拍子(ひやうし)とりて一舞(ひとまひ)かなてたる ありさま しみやかに【「しめやかに」に同じ=しっとりと落ち着いて、もの静かなさま。しとやかなさま。】いとたうとかりけれは諸人 随喜(ずいき)の洟【なみだ】 【「随喜の涙=心からありがたく思って流す涙。またうれしくて流す涙】をながすかくて舞(まひ)おさめつゝ御幣(ごへい)を 【左丁】 とり湯釜(ゆがま)のほとりにさしかゝりしばし祈念(きねん)して 湯(ゆ)をかきまはし御 幣(へい)の柄(え)を引あげたれば湯玉(ゆだま)と びあがりて沸(わき)かへるいきをひすさまじかりける 所に神子(みこ)すでにうちかけをぬぎすて策(さく)【占いに用いる具。筮竹(ぜいちく)】の青(あを) 柴の束(たばね)たるを両の手にとりもち鼓(つゞみ)の拍子(ひやうし)に あはせてニ(ふた)あび三あびあびければあつまりける 諸人 感(かん)をもよをし前なる人は手をにぎり後(うしろ)なる ものはあしをつまだてをの〳〵片津(かたづ)【固唾=事の成り行きを心配して緊張する時などに、口中にたまるつば。】をのみて見け るほどに策柴(さくば)につきてとびちる湯(ゆ)のしづくに たへがたくあつかり【熱がり】ければこれにかゝらじと もや 〳〵する所に俄に又大なゐふり出たり諸人

現代語訳

【右丁】 神慮をお慰め申し上げる五月四日のことであるが、多くの人々が市場のように集まって参詣し、お祈り申し上げようとした。 すでに湯は沸騰して玉のように泡立つこと三尺ばかり、禰宜が鼓の声高く松風に響く笛の音に合わせて詳しく銅拍子を鳴らし、調子を揃えて待っているところに、年の頃五十歳を過ぎた古い巫女で、頬骨が出て色黒く、白髪の混じった鬘を垂らし、白い打掛を着て練り出て、鈴を振り上げ拍子を取って一舞舞った様子が、しっとりと落ち着いてとても尊いものであったので、諸人は随喜の涙を流した。このようにして舞を終えて御幣を 【左丁】 取り、湯釜のほとりに差しかかってしばらく祈念して、湯をかき回し御幣の柄を引き上げたところ、湯玉が飛び上がって沸き返る勢いがすさまじかった。 そこで巫女がすでに打掛を脱ぎ捨て、占いの青柴を束ねたものを両手に取り持ち、鼓の拍子に合わせて二度三度浸したところ、集まった諸人は感動して、前にいる人は手を握り、後ろにいる者は足を爪先立てて、おのおの固唾を呑んで見ていたが、占いの柴に付いて飛び散る湯の雫に耐えがたく熱がったので、これに関わるまいともじもじしているところに、俄かにまた大地震が起こった。諸人は 【右丁】 神の心をお慰め申し上げる五月四日のことであったが、大勢の人々が市場のように集まって参詣し、お祈り申し上げようとした。 すでに湯は激しく沸騰して玉のように泡立つこと三尺ほど、禰宜が太鼓の音高く、松風に響く笛の音に合わせて詳細に銅製の拍子木を鳴らし、調子を合わせて待っているところに、年齢五十歳を超えた年老いた巫女で、頬骨が張って浅黒く、白髪交じりの鬘を垂らし、白い上着を着て現れ出て、鈴を振り上げ拍子を取って一舞踊った様子が、静かで荘厳でとても尊いものであったので、人々は感動の涙を流した。こうして舞を納めて御幣を 【左丁】 取り、湯釜のそばに近づいてしばらく祈念し、湯をかき回して御幣の柄を引き上げると、湯の泡が飛び上がって沸き立つ勢いが激しかった。 そこで巫女はすでに上着を脱ぎ捨て、占いに使う青い柴を束ねたものを両手に持ち、太鼓の拍子に合わせて二度三度浸すと、集まった人々は感動し、前にいる人は手を握りしめ、後ろにいる者は爪先立ちして、それぞれ緊張して見守っていたところ、占いの柴に付いて飛び散る湯の雫があまりに熱くて耐えられず、これに関わるまいとうろうろしているうちに、突然また大地震が起こった。人々は

英語訳

【Right page】 On the fourth day of the fifth month, when they sought to console the divine will, many people gathered like a marketplace to worship and offer prayers. The water was already boiling violently, bubbling up like jewels about three feet high. The Shinto priest beat his drum loudly, playing copper clappers in detail to the sound of flutes echoing like wind through pines, keeping time and waiting. Then appeared an aged shrine maiden over fifty years old, with prominent cheekbones and dark complexion, her graying hair arranged in a wig, wearing a white outer robe. She came forth, raised her bells, kept time, and performed a single dance. The manner was so serene and reverent that all the people shed tears of religious joy. Having thus completed her dance, she took the ritual wand 【Left page】 and approached the side of the boiling cauldron. After praying briefly, she stirred the water and lifted the handle of the ritual wand, whereupon bubbles shot up and the churning steam was tremendously fierce. Then the shrine maiden cast off her outer robe and took bundles of green divination twigs in both hands. As she dipped them two or three times in rhythm with the drum beats, the gathered crowd was moved - those in front clenched their hands, those behind rose on tiptoe, each swallowing nervously as they watched. But the drops of scalding water that splashed from the divination twigs were unbearably hot, so as they fidgeted trying to avoid them, suddenly another great earthquake struck. The people