東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 2

撫育草 - 翻刻

撫育草 - ページ 39

ページ: 39

翻刻

【右頁上】 六 才(さい)にして我(われ)橘(たちは)を食(しよく) せんよりは母(はゝ)にすゝめんと の孝心(かうしん)をきゝて恥(はづ)べき 事(こと)なり子(こ)たる人(ひと)は此(この) 孝心(こうしん)をまなびて他(た)に出(いづ)る 事(こと)あらば相応(さうおう)の手土産(てみやけ) の品(しな)にてもとゝのへ帰(かへ)りて 親(おや)にすゝむべし手 土産(みやげ)は わづかなれど親(いや)の心(こゝろ)を よろこばしむるは大(おゝ)いなる 我身(わがみ)の徳(とく)にあらずや幼(おさな) き人といへども此道理(このとうり)を よく呑込(のみこみ)て外(ほか)より帰(かへ)る ときにはなににても 【左頁上】 土産(みやけ)を持(もち)て帰(かへ)り父母(ふぼ)に 進(しん)ずべし幼年(ようねん)より かよふの仕(し)くせになれな らひぬればおのづから 何国(いづく)へまいりても親(おや)の 事(こと)をわすれぬものにて 自然(しぜん)と孝心(かうしん)ふかくなる ものに候とかくよき事は 仕(し)づけくせ付(つけ)度(たき)物(もの)にて 実心(じつしん)よりは出(いて)ずとも陸(りく) 績(せき)がせめてまねを仕(し)習(なら) ひて外(ほか)に行(ゆか)ば帰(かへ)りには何(なに) なるともとゝのひ父母(ふぼ)に すゝむべしよき事(こと)はまねに 【右頁下】 基(もと)にて終(つい)にいつはり もの悪人(あくにん)とも成(なる)物(もの)なれば 兎角(とかく)真実心(しんじつしん)より合点(がてん) させずして恐(おそ)れこはがらす のみにてはよからぬ事(こと)と存候 随分(ずいぶん)温和(おんくは)に申 聞(きか)せ教(おし)へ 【左頁下】 そだつるが宜敷(よろしき)かと存候 乍去(さりながら) 左(さ)に記(しる)し候 分(ぶん)はゆるかせ和(やは) らかにせず厳敷(きびしく)相(あひ)いまし め堅(かた)く守(まも)らせ可申候 一うそいつはりをいひ父母(ふぼ)に 物(もの)をかくす事(こと)

現代語訳

【右頁上】 六歳にして「私が橘を食べるよりは母に勧めたい」という孝心を聞いて、恥ずべきことである。子たる人は、この孝心を学んで、他所に出かけることがあれば、相応の手土産の品でも用意して帰り、親に勧めるべきである。手土産はわずかなものであっても、親の心を喜ばせるのは大いなる自分自身の徳ではないだろうか。幼い人といえども、この道理をよく理解して、外から帰る時には何にでも 【左頁上】 土産を持って帰り、父母に差し上げるべきである。幼年の頃からこのような習慣になれ親しんでいれば、自然とどこへ行っても親のことを忘れないものとなり、自然と孝心が深くなるものである。とにかく良いことは習慣づけ、癖をつけたいものであって、真心からでなくとも、陸績のせめて真似をして習い、外に行けば帰りには何であろうとも用意して父母に勧めるべきである。良いことは真似を 【右頁下】 もとにして、ついには偽り者や悪人ともなるものであるから、とにかく真実の心から納得させずに、恐れや怖がらせることだけでは良くないことと思う。できる限り温和に申し聞かせ、教え 【左頁下】 育てるのが良いかと思う。しかしながら、左に記した部分については緩やかで柔らかにせず、厳しく戒め、堅く守らせるべきである。 一、嘘偽りを言い、父母に物事を隠すこと

英語訳

【Right Page, Upper】 Hearing that a six-year-old had the filial devotion to say "I would rather give these oranges to my mother than eat them myself," we should be ashamed. Children should learn from this filial piety, and when they go out somewhere, they should prepare appropriate gifts to bring home and offer to their parents. Though the gifts may be small, isn't making one's parents happy a great virtue for oneself? Even young children should understand this principle well, and when returning from outside, they should always bring 【Left Page, Upper】 some gift home to present to their father and mother. If one becomes accustomed to such habits from a young age, naturally wherever one goes, one will not forget one's parents, and naturally one's filial piety will deepen. In any case, good things should be made into habits and customs. Even if not from true sincerity, one should at least imitate Lu Ji's example, and when going out, always prepare something to offer to one's parents upon returning. Good deeds begin with 【Right Page, Lower】 imitation, but eventually one can become a deceiver or evil person, so it is not good to rely only on fear and intimidation without making them understand from a true heart. It is better to teach and 【Left Page, Lower】 raise children as gently and warmly as possible. However, regarding the matters listed below, one should not be lenient or soft, but should strictly admonish and make them firmly observe these rules: 1. Telling lies and deceiving, and hiding things from one's parents