翻刻
阿る事にて其実は蔵米を以て被遣由也領地をは
一け所尓纏の被遣幕府の御朱印別々尓賜る時は自然
後世両家の内故障有之領地没収相成節三州全
領の内他領入交故此?の事を遠慮しのひたる故也既
尓能州土方領一万石も貞享元年尓所領没収
せら連幕府領と成たり但此土方領も瑞龍公越
中より転地せら連し時其思召にて能登四郡中へ
散在して一万石を遣はさ連し故尓幕府領と成ても
一纏の地尓阿らさ連は後には預け領と成私領同様
とはなりたり瑞龍公徴妙公の遠慮の程実尓
歳佩春へしといへり
七日市家之分
上野国甘楽郡之内拾八け村都合壱万石《割書:目録在|別帋》
事如前々宛行之訖全可領知者也仍如件
寛文四年四月五日 朱印
《割書:記録云| 筆者大橋左兵衛也》 前田右近大夫とのへ
目録
上野国
甘楽郡之内 十八け村
七日市村 野上村 岡本村 曽木村
君河村 別保村 黒岩村 高尾村