翻刻
鹿(シカ)そ鳴なるともよめる山のおくにも。藁(ワラ)もて
とふし行かふ豆腐もあなるは。其郷に
随ひ硬(カタ)きをも賞味し。酴醿(ドヒ)ろくのおきぬひ
とやなるならん。小戸(ゲコ)なれはとて好む人は至て
このみなからも。おほよそ今の酒客(サケノミ)の肚裏(ハラ)を
知れる物は淮南(トウフ)の上にたつものやあらし。
されは是を好るにつけてこれまて感し
ぬることこそあれ。或人の教示(イケン)せられしに
いかに嗜めはとて壮年にして菽乳(トウフ)はおほく
食するものにはあらしと。其故を問ふに歯牙(ハ)の
患いてなは。必す好ますとも此品を是とせすんは
あるへからす。其時に至りあかぬほとに食し
現代語訳
鹿が鳴くと詠まれるような山奥にも、藁で包んで行商する豆腐があるということだ。その土地土地に応じて硬い豆腐をも美味しいものとして味わい、どぶろくの濁り酒を飲む人々なのだろう。下戸であっても好む人は非常に愛好しているし、おおよそ今の酒飲みの心の内を知っているものは、豆腐の上に立つものはないだろう。だからこれを好むにつけて、これまで感心しないことがあろうか。ある人が教えてくださったことには、いかに嗜んだとしても壮年のうちは豆腐を多く食べるものではないと。その理由を尋ねると、歯の病気になるからだと。必ずしも好まなくても、この品を良しとしないわけにはいかない。その時(老年)に至って飽きないほどに食べるのだ。