翻刻
此詩の類の説蘭化先生の訳する所の西洋画賛に詳也
西洋銭貨の説
欧羅巴銭貨の製金銀銅大小一ならす諸国の製各殊
異なり其低皆其国の符号をもちひ又其時王の面を為
す或ハその王の名而己を記して王面に代ゆるもあり史
記漢書に月氏安息諸国の銭に王或ハ夫人の面を為
すの語あれハ唐土より西方の国々王而の製ハその由来久し
き事とめゆ「ヒブ子ルス」か万国伝信紀事にいわく昔時亜
細亜州「レイヂア」《割書:此地いまハ「カラ|シヤ」といふ
》国に於て銭を造る
と《割書:書中其時|代をのせす》是彼邦銭をもちゆるの始なり又「マルチ子ット」
著す所の挌致問答にいわく欧羅巴州に銀を用ゆ
の始ハ蓋し甚古き事にあらす推三千六百余年前に
「アブラハム」《割書:人|名》の耕田に銀を以て償し事を古史
に載たり其後欧羅巴中奥革命の時を厺る事五百九十
六年前に「エギ子」国の内「アルギア」の王始て銀銭を造り
て国中に行ふ邏馬国に於てハ革命の時より二百六十
九年前《割書:唐土周の赧王三十九年|日本孝灵天皇十五年也》に始て銀銭を行ふといへり欧覇
巴諸国の銭貨の製は予曾てその値等を考訂して西洋
銭貨畧考を著はしけり又アフリカ」州に於ては伌入多国は
古へよりして銭貨の制あり貎利大泥亜国《割書:今の弗沙|馬邏可》等の
地に於て破「メテカルス」《割書:金|銭》「ブランク井レルス」《割書:銀|銭》「ぺン二ンケン《割書:同|上》「ヘルウルス《割書:銅|銭》等
大小数種あり甚他の諸国ハ皆多くハ生金塊を以て物二