翻刻!地震・災害史料

コレクション: NDL地震・火山

娜二代鉢木 5巻 - 翻刻

娜二代鉢木 5巻 - ページ 8

ページ: 8

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【右頁 上段】 ころは北でう【北条】八代めさだ時【貞時】のかまくらをおさ め給ふ御せんぞさいみやうじ【最明寺】時よりしよ こくあんぎやまし〳〵かうづけの国【上野の国】 さのゝわたりにてゆきをしのがせ 給ふ御かんなんのゑぞうをもつ てしよこくのさむらいにしきもくを おゝせわたさるそのゝちさのゝわたりは 木部しんくらんど りやうしければ わけてそのへんの たみの心をとは らる しんくらんど ちく一に申上らる 【右頁 下段】 いかに くらんど そちが りやう ぶんさのゝわたりはさいみやう じ殿のこせきなればその あとのはちの木をまもる ものをつけおきそまつにいた すべからずおつてけんぶんに たれぞつかわさん其ぶん心へ候へ 【左頁 下段】 かしこまりましたそのさの村と申 所はわたり七八丁長さ一里 ばかりの 村 で ござり ます いさゝかぜつけい のながれも ござります 【左頁 上段】 此ゑぞうをはつち ほうず【鉢坊主】 かと思ふた 御ゆる されい〳〵

現代語訳

【右頁 上段】 時は北条八代目貞時が鎌倉を治めていた頃のことである。御先祖の最明寺時頼が諸国を行脚なさった際、上野の国佐野の渡りで雪をしのがれた御苦難の絵像を持って、諸国の武士に式目をお渡しになった。その後、佐野の渡りは木部新蔵人の領分であったので、特にその辺りの民の心を尋ねられた。新蔵人は謹んで申し上げた。 【右頁 下段】 「新蔵人よ、そちの領分である佐野の渡りは最明寺殿の古跡であるから、その跡の鉢の木を守る者を付け置き、粗末にしてはならぬ。追って見分のため誰かを遣わそう。その旨心得よ。」 【左頁 下段】 「承知いたしました。その佐野村と申します所は、渡り七八丁、長さ一里ばかりの村でございます。わずかながら絶景の流れもございます。」 【左頁 上段】 「この絵像を鉢坊主かと思った。お許しください、いやいや。」