翻刻
抑此始元は近年打続キ米穀之価賤シク
其上打続キ御物入多く御借財相嵩候に付
而当年五月伊那築摩之御領内一統
戸々人別に應して男は草鞋を献し
女は木綿を奉りて補ひ奉るへしと
始に綿を下して百姓に御奉公の人足を
厳に下す然ルに七月下旬内郷辰野を
始として村々人別御城下に出て弐品の
御奉公幷に村々新年寄蚕種運上等
其外品々御免を願事五六十日の間に
上伊那川下り春近中澤入谷藤澤郷
残る迚は藤澤之内弥勒中村わせ郷組之者
途中迄出向て銘々申立る趣追而村役人
ヲ以事静ニ可達旨申諭て居村居村へ帰ス
仍之種々御救免被成下旨洗馬郷迄一統
御触雖有之内郷之者罷出候趣伝へ承り集て
数ケ条之願を談するの処常々郷内より
御城下江出御役家の御用を弁るをもつて
居村に威を振ふの輩を悪之終に家潰
シの悪行を働キ騒動他所に聞へて