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南蛮寺興廃記 - 翻刻

南蛮寺興廃記 - ページ 8

ページ: 8

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キリストモ云阿蘭陀ノ西ニ在ル島国ナリ日本里 程一万千七百里ト云此イキリスハ南蛮国ト別 種ナル由云伝フ然レ共イヌハニヤアマカハル スンイギリス此四国ハ寛永十一年ヨリ日本来 船停止ナリ斯テウルカンカ本国ヨリ渡来スル 者浮羅天破天連計理故離イルマン弥理居須イ ルマント云《割書:破天連ト云ハ師ノ如クイル|マント云フハ弟子ノ如ク》是等力 乗ル所ノ南蛮船若州小浜ニ著船ス信長兼テ再 度南蛮人渡来ノ時竜造寺カ思慮計リ難クウル カンニ命シテ小浜ヘ入津セシムルナルヘシ南 人共若州ヨリ江州海津ヘ至リ船ヲ湖上ニ浮メ テ大津ニ至リ京都南蛮寺ニ入テウルカンニ謁 シ信長ヘ注進ス信長悦テ安土ヘ召呼ハル渡来 ノ南蛮人妙本寺へ入テ命ヲ待ツ斯テ南蛮人三 人登城シテ信長ニ拝謁ス其礼式ウルカン破天連 カ通リナリ此度渡来ノ浮羅天破天連ハウルカ ンヨリ背高キヿ一尺五寸色青ク髪髭黄色ナリ 衣類ハウルカンカ如クアイトナリ両イルマン ハ医術外治トモニ奇妙ナリ《割書:最初ウルカンカ安|土ヘ来リシ時ヨリ》 《割書:南蛮人奏者ハ長谷川|竹ニ命セラル》今般ハ六種ノ捧ケ物アリ

現代語訳

イングランドとも言い、オランダの西にある島国である。日本からの里程は一万一千七百里という。このイングランドは南蛮国とは別種であると言い伝えられている。しかしながら、イスパニア、マカオ、ルソン、イングランド、この四国は寛永十一年より日本来船が停止されている。 こうしてオルガンティーノの本国より渡来する者たちは、フライテ(修道士)、パードレ(神父)、ケリゴ(聖職者)、コリ(?)、イルマン(修道士見習い)、ミリキス(?)、イルマンという《割注:パードレというのは師のようなもので、イルマンというのは弟子のようなもの》。これらが乗ってきた南蛮船が若狭国小浜に着船した。 信長はかねてより、再度南蛮人が渡来する時は竜造寺の思慮は計り難く、オルガンティーノに命じて小浜へ入津させるのであろう。南蛮人たちは若狭国より近江国海津へ至り、船を琵琶湖上に浮かべて大津に至り、京都南蛮寺に入ってオルガンティーノに謁見し、信長へ注進した。信長は喜んで安土へ召び寄せられた。 渡来した南蛮人は妙本寺へ入って命令を待った。こうして南蛮人三人が登城して信長に拝謁した。その礼式はオルガンティーノやパードレの通りである。今度渡来したフライテ・パードレはオルガンティーノより背が高いこと一尺五寸、肌の色は青白く髪髭は黄色である。衣類はオルガンティーノのようにアイト(?)である。両イルマンは医術・外科治療ともに奇妙である《割注:最初オルガンティーノが安土へ来た時より》。 《割注:南蛮人の奏者は長谷川竹(?)に命じられる》今回は六種の献上物がある。