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【右丁 上部】
○和泉式部
上東門院(じやうとうもんいん)の女房(にようぼう)
大江雅致(おゝえのまさたかゝ)女(むすめ)母(はゝ)は越(ゑつ)
中守(ちうのかみ)保衡(やすひら)が女 弁(べん)
内侍(のないし)と云々又 母(はゝ)は昌(しやう)
子(し)内親王(ないしんわう)御 乳母(めのと)
と云 和泉守(いつみのかみ)道(みち)
貞(さだ)が妻(つま)となる故(ゆへに)
和泉式部(いつみ[し]きぶ)と云云
一 説(せつに)高遠(たかとを)大弐(たいに)正
二位 資高(すけたか)筑前(ちくせん)
守(のかみ)従四位下 女子(によし)
上東門院女房
号(ごうず)_二和泉式部 ̄ト_一母
越中守(ゑつちうのかみ)保衡(やすひら)女
性空上人よみて
やる
くらきより
くらき道にて
入にける
はるかにてらせ
山のはの
月
【同 中段】
此哥の心は御れいたゞならさりし
とき我ともだちの方へよみおくりし
うた也今をかぎりなれば此世
のほかの思ひ出に今一たび逢
侍りたきよし也いつみの守道貞
か妻となるさていつみ式部と云
詞書に心ち例ならず侍りける
ころ人のもとに遣はしけると有
心はかく打たへて問れぬ身に命
のほども久しからぬ世になり
ぬれば逢ずしてはてなんとなり
○季注に今生の思ひ出ははや命
も程あらしなくれ恋しき人にせ
めて今一たびあひて来生の
思ひ出もかなとなり
【同 下段】
和泉式部(いづみしきぶ)
あら
ざらん
此世(このよ)の
ほかの
思日(おもひ)
出(で)に
今(いま)一 度(たび)
の
あふ
ことも
がな
【左丁 上段】
○紫式部
母(はゝは)常陸介(ひたちのすけ)摂津(せつつの)
守(かみ)藤原為信(ふぢわらのためのふの)女(むすめ)
上東門院(じやうとうもんいんの)女房(にようぼう)
或(あるいは)鷹司殿(たかつかさとの)女房
閑院左大臣(かんいんさだいしん)
冬嗣公(ふゆつぐこう)六男
良門(よしかど)
利基(としもと)
高藤(たかふぢ)
兼輔(かねすけ)
惟正(これまさ)
為時(ためとき)
紫式部(むらさきしきぶ)
《割書:源氏物語作者》
兼茂(かねもち)
女子
【同 中段】
此哥の心はたび立てはる〴〵有て
かへりきたり侍るに我見なれし
とものいまだそれ共みもわかぬに
かくれ侍りし事を雲かくれにし
夜半の月にはよそへよめる哥也
玄旨法印の抄に人に逢てやがて
わかれたるさまさながら月のごとく
なりとよめり人を月にたとへ
ていへる詞づかひぼんりよの及
所にあらず詞書の月にきほふ
とはあらそふ心なるべし侍りは
やくよりとははじめよりと
いふ義もあり
【同 下段】
紫式部(むらさきしきぶ)
めぐり
あひ
て
見し
や
それ
とも
わかぬ
まに
雲かくれ
にしよはの
月(つき)かな
現代語訳
【右丁 上段】
○和泉式部
上東門院の女房
大江雅致の娘。母は越中守保衡の女で弁内侍という。また母は昌子内親王の御乳母であるとも言う。和泉守道貞の妻となったので和泉式部と呼ばれる。
一説には、高遠大弐正二位資高筑前守従四位下の娘、上東門院女房で和泉式部と号する。母は越中守保衡の娘。
性空上人が詠んで送った歌:
闇から
さらに闇の道へと
入っていく
はるかに照らしてください
山の端の
月よ
【同 中段】
この歌の心は、体調がすぐれなかった時に、友人のところへ詠み送った歌である。今を限りなので、この世以外の思い出に、今一度逢いたいという意味である。和泉守道貞の妻となったので和泉式部という。詞書に「体調がすぐれなかった頃、人のもとに送った」とある。心はこのように弱って長くは生きられない身となり、命もそう長くはない世となったので、逢わずに終わってしまうだろうということである。
○季注に「現世の思い出はもう命も長くはないだろう。恋しい人にせめて今一度逢って来世の思い出にしたい」とある。
【同 下段】
和泉式部
もう
いない
この世の
ほかの
思い
出に
今一度
の
逢う
ことも
あってほしい
【左丁 上段】
○紫式部
母は常陸介・摂津守藤原為信の娘。上東門院の女房、あるいは鷹司殿の女房。
閑院左大臣
冬嗣公六男
良門
利基
高藤
兼輔
惟正
為時
紫式部《源氏物語作者》
兼茂
娘
【同 中段】
この歌の心は、旅立ってはるばる遠くに行って帰ってきたところ、自分が見慣れた友がまだそれとも見分けがつかないうちに亡くなってしまったことを、雲隠れした夜半の月に例えて詠んだ歌である。玄旨法印の注釈に「人に逢ってすぐに別れた様子がそのまま月のようである」と詠んでいる。人を月に例えて言った言葉遣いは並大抵のものではない。詞書の「月に競う」とは「争う」という意味であろう。「侍り」は「やく」(夜久)より、つまり「はじめより」(初めから)という意味もある。
【同 下段】
紫式部
めぐり
逢って
見たが
それとも
分からぬ
間に
雲隠れ
した夜半の
月だなあ
英語訳
【Right Page - Upper Section】
○Izumi Shikibu
Lady-in-waiting to Jōtōmon-in
Daughter of Ōe no Masataka. Her mother was the daughter of Echū no kami Yasuhira, called Ben no Naishi. It is also said her mother was wet nurse to Princess Shōshi. She became the wife of Izumi no kami Michisada, hence called Izumi Shikibu.
According to one theory, she was the daughter of Takatō Daini Senior Second Rank Suketaka Chikuzen no kami Junior Fourth Rank Lower Grade, a lady-in-waiting to Jōtōmon-in called Izumi Shikibu. Her mother was the daughter of Echū no kami Yasuhira.
Poem composed and sent by Saint Shōkū:
From darkness
into an even darker path
I am entering—
please shine from afar,
moon at the
mountain's edge
【Same Page - Middle Section】
The meaning of this poem is that when she was unwell, she sent this to a friend. Since her time was limited, she wanted to meet once more as a memory beyond this world. She was called Izumi Shikibu because she became the wife of Izumi no kami Michisada. The preface states "sent to someone when feeling unwell." The meaning is that being so weakened and unable to live long, with life not lasting much longer in this world, they would part without meeting.
○The seasonal commentary states: "Memories of this life—my life probably won't last long either. I want to meet my beloved at least once more as a memory for the next life."
【Same Page - Lower Section】
Izumi Shikibu
When I will
no longer exist,
as a memory
beyond
this world,
let there be
one more
time
of meeting
【Left Page - Upper Section】
○Murasaki Shikibu
Her mother was the daughter of Hitachi no suke and Settsu no kami Fujiwara no Tamenobu. Lady-in-waiting to Jōtōmon-in, or lady-in-waiting to Takatsukasa-dono.
Kan-in Sadaijin
Sixth son of Fuyutsugu-kō
Yoshikado
Toshimoto
Takafuji
Kanesuke
Koremasa
Tametoki
Murasaki Shikibu《Author of the Tale of Genji》
Kanemochi
Daughter
【Same Page - Middle Section】
The meaning of this poem is that after departing on a journey and traveling far before returning, while she could not yet clearly recognize a friend she knew well, that person died, and she composed this poem comparing it to the moon hidden by clouds at midnight. In Genji Hōin's commentary, it states "the manner of meeting someone and immediately parting is just like the moon." The word usage comparing a person to the moon is beyond ordinary skill. "Competing with the moon" in the preface probably means "contending." "Haberi" from "yaku" (night) could also mean "from the beginning."
【Same Page - Lower Section】
Murasaki Shikibu
Meeting again
and
seeing—
but before
I could tell
if it was
truly you,
you became
like the moon
hidden by clouds
in the midnight hour