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コレクション: SHOSHO「能登」

前田家封国証書集録 - 翻刻

前田家封国証書集録 - ページ 23

ページ: 23

翻刻

北徴遺文に所_レ載之豊太閤親簡写    き能ふとなみ山尓てむま越おさめ候けふは  廿五日廿九日の御ふみ一と尓見参らせ候このおもて   うなさ己へこし申参らせ候ゑちせんきたのしやう  能事くらのすけ念々なけき候まゝく尓越   尓は四五日とう?うしてく尓のおきめなと申つけ  めしあけい能ち迄た春けあしよわともまても   候て十四日ころ尓は大坂へかへり候はんまゝこころ  古と〳〵具昨日者也京まて佐しの不せ候かん   や春か?へく候又き阿ひもよく候ふみをはめちと  尓んふん春こしとゝせゝと山能い志ろ迄もこと   とろく候まゝかゝせてこそ参らせ候  〳〵具己らせ候ゑつちうをは又さへもん尓佐か   めてたくかしく  はし候者也飛まをあけ候まゝとやまより     壬八月七日  朱印        こ不   ひて吉  川角太閤記巻三 一伊衛門能国毛利殿陣取の備へ越中より早打能御朱印  参候此文躰尓ておよそ越中の様子能次第聞元可申候か毛利  殿への御朱印尓大形如此かと存候云々其御朱印尓  急度令注進條々 一佐々内蔵助事ふ存上洛に国に引籠尉剰我まゝを振舞  候故により追討之其ため尓去廿七日尓従大坂出馬尓存事 一今月七日辰能一天尓越中くりから峠尓馬を立先勢候