翻刻
火薬庫(くわやくぐら)は此柱(このはしら)なきゆへ彼千七百六十七年(かのせんしちひやくろくじうしちねん)我明(わがめい)
和四年(わよねん)雷撃(らいげき)に遇(あ)ひ三千余人(さんぜんよにん)の命(いのち)を亡(うしな)ひたり又(また)
彼千八百三十年(かのせんはつひやくさんじうねん)我天保元年(わがてんほうぐわんねん)英国(いぎりす)の人(ひと)「わすとん【」脱落】
氏(うじ)の工夫(くふう)にて三十余艘(さんじうよそう)の船(ふね)へ此柱(このはしら)を装置(しかけ)しよ
り十一年(じういちねん)の後(のち)功験著(こうげんいちじる)しければ政府(かみ)より「わすと
ん【」脱落】氏(うじ)へ金三千磅(きんさんぜんぽんと)即(すなは)ち我九千両(わがくせんりやう)の大金(たいきん)を恩賞(おんしやう)せ
りと云(い)ふ
地震(ぢしん)の事(こと)
地震(ぢしん)は人(ひと)の能(よ)く知(し)れる凶変(きやうへん)にてその根源(こんげん)知(し)り
難(がた)きものなれとも今(いま)より二千三百三年前(にせんさんひやくさんねんまへ)即(すなは)ち
我孝安天皇五十八年(わがこうあんてんわうごじうはちねん)に当(あた)り希臘国(ぎりしやこく)に「ゑなさご
らさと」云(い)ふ大学者(だいがくしや)ありて地(ち)の底(そこ)に雲(くも)を醸(かも)し電(いなびかり)
を発(おこ)すより斯(かゝ)る震動(しんどう)あるならんと説(と)けり其後(そののち)
彼千六百一年(かのせんろくひやくいちねん)我慶長六年(わがけいちやうろくねん)日耳曼国(ぜるまんこく)に「きるちゑ
る」と云(い)ふ識者(ものしり)出(いで)て地震(じしん)は地(ち)の底(そこ)に数多(あまた)の大(おほひ)な
る窪(くぼみ)ありて其一(そのひと)ツには水(みづ)を充(み)ち又(また)其一(そのひと)ツには硝石(しやうせき)
琉璜(ゐわう)抔(など)の如(ごと)き燃(もゆ)るものありて互(たがひ)に通(かよ)ひ水(みづ)を煖(あたゝ)
め湯気(ゆげ)を蒸(む)すより発(おこ)るものと説(と)けり又彼千六(またかのせんろく)