翻刻
保十年(ぽうじうねん)の秋(あき)に至(いた)りその山(やま)俄(にわか)に鳴(な)り始(はじ)め久(ひさ)しき
が間(あいだ)止(や)まざりしに或(ある)る日(ひ)農家(のうか)の小供(こども)兄弟(きやうだい)にて
井(い)より水(みづ)を汲(く)み庭(にわ)の草木(くさき)
乾(かわき)て枯(か)れんとするを救(すく)は
んと立出(たちいで)て兄(あに)なるもの瓶(つるべ)
を下(くだ)せしに水(みづ)を得(え)ざれば
怪(あやし)みて更(さら)にこれを試(こゝろ)みし
に尚(な)ほ初(はじめ)の如(ごと)しこは井(ゐ)の
途中(とちう)に遮(さへぎ)るものゝあるな
らんと妹(いもと)なるもの兄(あに)を手伝(てつだ)い瓶(つるべ)の底(そこ)に石(いし)を附(つ)
け再度(ふたゝび)井(ゐ)の中(うち)へ下(くだ)しけるに亦(また)一滴(ひとたれ)の水(みづ)を見(み)ざ
れば大(おほい)に驚(おどろ)き家(いゑ)に帰(かへ)り母(はゝ)へ斯々(しか〴〵)の事(こと)ありと物(もの)
語(がた)らんと内(うち)に立入(たちい)り母(はゝ)の居(ゐ)ざるを見(み)て跡(あと)に残(のこ)
したる食事抔(しよくじなど)仕舞(しま)ふうち黒烟(くろけふり)四方(よも)に塞(ふさ)がり大(たい)
砲(ほう)の音(おと)とも覚(おぼ)しき響(ひゞき)聞(きこ)へこは何事(なにごと)やと驚(おどろ)く所(ところ)
へ両親(りやうしん)の声(こゑ)外(ほか)に聞(きこ)へければ馳寄(はせよ)りてこの琉璜(ゆわう)
臭(くさ)きは何事(なにごと)そや息止(いきとま)りて既(すで)に死(しな)んとせりと云(い)
ひも終(おは)らず父(ちゝ)聞(き)ひて先日(せんじつ)より山鳴(やまなり)て今日(けふ)いづ