翻刻
怪(くはい)の所業(わざ)なりやと独(ひと)り囁(つぶ)やき行(ゆ)く程(ほど)に之(これ)を捕(とら)
へんと思(おも)ひ立(た)ち急(きう)に歩(あゆみ)を進(すゝ)めければ追(を)ふもの
ありて遁(のが)るゝが如(ごと)く急(きう)に遁(に)け去(さ)り我止(われと)まれば
彼止(かれとま)り我行(われゆ)けば彼行(かれゆ)きてわが動静(どうせい)を伺(うかゞ)ふ様子(やうす)
あり愈(いよ〳〵)怒(いか)り力(ちから)を極(きは)め追(をい)駆(か)け
行(ゆ)きしに忽(たちま)ち滅(き)へ
て痕(あと)を失(うしな)へり暫(しばら)くありて遥(はるか)に葦茅(よしかや)を隔(へだ)て鮮(あざや)か
に現(あら)はれしゆへ此度(このたび)は息(いき)を呑(の)み身(み)を潜(ひそ)め間近(まちか)
く寄(よ)りて急(きう)に之(これ)を襲(をそ)はんと決意(けつゐ)し徐(しづか)に進(すゝ)み寄(よ)
りしに火厳然(ひげんぜん)として少(すこ)しも動(うご)く様子(やうす)なし益〻沈(ますゝちん)
黙(もく)し火(ひ)の傍(かたはら)に歩(あゆ)み寄(よ)り急(きう)に手(て)を挙(あ)げて打(う)ち落(をと)
し見(み)れば一片(ひときれ)の燐化水素(りんくわすいそ)にて何(なに)も怪(あやし)げなるも
のなし畢竟前(ひつきやうまへ)に遁(に)げ隠(かく)れしは
自己(おのれ)の動(うご)きより空気(くうき)を動(うご)か
し火(ひ)も之(これ)がため動(うご)きしもの
なるに後(のち)の度(たび)は静(しづか)に近寄(ちかよ)り
しゆへ空気(くうき)を動(うご)かさず火(ひ)も
之(これ)がためにその居所(ゐどころ)を動(うご)か
さず之(これ)を物(もの)に譬(たと)へば池水(いけみづ)の面(おもて)に