翻刻
【右丁】
御かへりあれ中将きこしめし仰はさる事にて候
へとも御身にはなれまいらせて都へかへりたり
ともさたひらかいのちあらはこそそのうへ御身の
いのちは四万さいみつからかいのちはわつかなり思ひ
もよらぬ御事なりたとへ御身にうけたる事
なりともみつからこそはかはり申へき事なれはかなふ
ましおもひもうけし事そかしとさま〳〵にのた
まへはみやきこしめしみつからはくわこにててん
によにて有つるかいんくわをはれかたくして
おにの子とむまるゝなりこむとしやうのかれすし
てはなか〳〵ならくにしつみなんされはひしやもんの
【左丁】
御はからひにて御身にちかつき申事もみつから
うかまんそのためなりあねの十らこせんと申せし
ははらなひこくよりおとこをまうけきたりしを
ちゝ大わうきこしめしおとこをとりてくひ給ふ
十らこれをふかくなけきけれはにくしとてまた
十らをいけゑにとり給ふかやうにことかきさふらへは
御とをうしなひたりとてもみつからいのちかあらは
こそたえわかみをたすくるとおほしめし都へ
かへり給ふへしさま〳〵にあとをとふらひてたひ
給ふへしみつからしやうふつするならは御みもうた
かひよもあらしにんけんのゑひくはたゝふうせん
現代語訳
【右丁】
お帰りください。中将がおっしゃることは、もっともなことでございますが、あなたと別れて都へ帰ったとしても、私に平穏な命があるでしょうか。そのうえ、あなたの命は四万歳、私の命はわずかです。思いもよらないお言葉です。たとえあなたがお受けになったことであっても、私こそが代わって申し上げるべきことなのですから、それは叶いますまい。思いがけないことでございます」と、さまざまにおっしゃるので、宮はお聞きになり、「私は過去世において天によって犯した罪業を晴らし難くして、鬼の子として生まれたのです。来世の往生を遂げなければ、なかなか地獄に沈むでしょう。それゆえ、毘沙門天の
【左丁】
お計らいによって、あなたに近づくことができたのも、私が救われるためなのです。姉の十羅刹女と申した者は、波羅奈国より男を迎え来たりましたが、父である大王がお聞きになって、その男を取って食べてしまわれました。十羅はこれを深く嘆き悲しんだので、憎いと思われて、また十羅を生け贄として取られてしまいました。このようなことが起こりましたので、親を失ったとしても、私の命があるからこそ、互いに身を助けると思し召して、都へお帰りになってください。さまざまに後世の供養をしてくださいませ。私が成仏するならば、あなたにも疑いはないでしょう。人間の栄華はただ風前の灯火のようなものです」
英語訳
[Right page]
"Please return. What the Middle Captain says is indeed reasonable, but even if I were to part from you and return to the capital, would I have a peaceful life? Moreover, your lifespan is forty thousand years, while mine is brief. These are unthinkable words. Even if this were something you should bear, it is I who should take your place in this matter, so it cannot be fulfilled. This is truly unexpected." As she spoke in various ways, the Princess listened and said, "I was born as a demon's child because the karmic sins I committed against Heaven in past lives are difficult to clear.
[Left page]
Unless I achieve rebirth in the next world, I will surely sink into hell. Therefore, it is through the providence of Bishamonten that I was able to approach you - this too is for my salvation. My elder sister, called the Ten Rakshasa Women, had taken a man from the country of Varanasi, but when our father the Great King heard of this, he seized the man and devoured him. Ten-ra grieved deeply over this, and because he found this hateful, he again took Ten-ra as a sacrifice. Since such things have occurred, even though we have lost our parents, as long as my life remains, please think that we help each other and return to the capital. Please perform various memorial services for the afterlife. If I attain Buddhahood, you too will surely have no doubts. Human glory is merely like a candle flame before the wind."