翻刻
【右丁】
佐次平は
よふ〳〵
おこされへい
きにてとたな【戸棚】の
かぎをあけかね
をたして【金を出して】みれは
ねほうせんせい
きもをつぶして
これもふし
さじべいさん
おまへはなんほ心
やすいとてぶしつけ
せんばんなとふした
ものてこさります
といへはわしか
しんたいをわしか
どうしやうか
いんきやう【印形=文書などの上に押した印のあと。】の
なんのかまふ
ことはこざらぬ
いやこなさま【「こなたさま」から生じた語。あなたさま。】を
こにした【子にした】覚は【おぼえは】
ないぞ覚か
ないとは
【左丁】
きかちがつた
かおふや様
のせわて
こな【「ここな(此処)の変化した語。この】しん
たいわしにくれたで
はないか【、】そのまし〳〵とした【まじまじ=目をパチパチさせてじっとしている】
かほはさてはろうもん【「ろうもう(老耄)」の変化した語。もうろくすること。】でも
さしつた【「する」の意の尊敬語。なさった。】かといへはいへぬし
はじめながやちう
よりやい【寄合】いつかふ
むす子のさた
もない事扨は
いまゝてそん
なゆめをみて
ねほけていら
れるとみへますと
いへはねほう
せんせいきんちよの
もの【近所の者】ねにきた
おきやくもどう
おんに【「同音に」…二人以上の人が同時に同一の音声を発すること】こへをそろへ
てはゝ〳〵〳〵〳〵
ほゝ〳〵〳〵〳〵
イヤハヤつかもない【「つがもない」=とんでもない。】とわろふ
現代語訳
【右丁】
佐次平はようやく起こされて、平気な顔で戸棚の鍵を開けて金を出してみると、寝坊先生は肝を潰して「これは不思議だ。佐次平さん、あなたはなんと心安いといって、無遠慮に千番などを振る舞うものですね」と言うと、「わしの財産をわしがどうしようが、印鑑のことなど何も構うことはございません。いや、あなた様を子にした覚えはないぞ。覚えがないとは
【左丁】
聞き違いだ。大家様のお世話でこの財産をわしにくれたではないか」。そのまじまじとした顔は「さてはもうろくでもなさったか」と言えば、家主は「初め長屋中より寄合で一度も息子の話もない事。さては今までそんな夢を見て寝ぼけていらっしゃるとみえます」と言うと、寝坊先生、近所の者、寝に来たお客も同音に声を揃えて「はははははは、ほほほほほほ、いやはや、とんでもない」と笑った。
英語訳
【Right page】
When Sajihei was finally awakened, he nonchalantly opened the cabinet with a key and took out money. Seeing this, the sleepyhead teacher was shocked and said, "This is strange! Sajihei-san, how presumptuous of you to act so familiarly and freely use things like dice games!" Sajihei replied, "It's my property, so what do I care about seals or anything else when I do what I want with it? No, I have no memory of making you my son. No memory, you say?
【Left page】
You must have misheard. Didn't the landlord arrange for you to give me this property?" With that blank stare on his face, when someone said, "Perhaps you've become senile," the landlord replied, "From the beginning, there was never any discussion about adoption at the tenement meeting. It seems you've been dreaming such things and talking in your sleep until now." Then the sleepyhead teacher, the neighbors, and the customers who came for the night all burst out in unison: "Ha ha ha ha ha, ho ho ho ho ho, oh my, how ridiculous!" and laughed.