翻刻
【右丁・白紙】
【左丁】
有馬
修理大夫藤原晴信は閑院左大臣冬嗣公一男枇杷中納言
長良卿の六男右大弁遠経の嫡子太宰少弐良範の三男
伊予掾純友か末葉とそ聞えける《割書:系図を見るに純友か子従五位下|遠江権守直澄より二十代にして》
《割書:晴信に至ると云々按するに末荏院の御時天慶四年純友橘遠保かため|に誅せられそのゝち重左丸父と共に誅せられ訖ぬ新編纂図を按する》
《割書:に純友か男子有信純年伊王丸三人をのす伊王丸元服のゝち良純と|名のる有信と純年か子孫は見へす良純四代の孫武者所頼房は》
《割書:門わきの平中納言教盛の家人木曾義仲かためにうたれぬ頼房か曾|孫康方男子二人頼道朝国といふよし純友より後九代の事をのせ》
《割書:たれと直澄か事は見へす直澄父か誅せられし時猶いとけなくして朝|家に名をも録されす世のひともしらすつたへさりしにや又天慶の比より》
《割書:晴信か比にいたりて六百余年におよへりそのゝち廿代といふいふかし|もし純友と直澄との間に世次をもらしたるにあらすや○或説に》
《割書:藤原純友は養子は平将門か末子也将門純友か朝家に二心あるをさとりて|世をのかれて惣とまるそれか子常陸くに志太郡にありて志多小太郎と》