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【四頁上段】
大乘經。道ヲミルコト別ナシ《割書:■【国構えに考】諸大等一本作諸|大乘敎見道無別》トモイ
ヒ。大小乘經。道ヲミルコト。別ナシ《割書:■【国構えに考】大小等一本|作大小乘經》トモ
イヒテ。諸經ミナ證道ヲアラハスコトハ。一ナリト解
了シ。タツトフコトハサトリヲウルニアリ。義ニサタ
マリナシ《割書:■【国構えに考】タツトブ等一本作|貴在得悟義無定也》トイヒテ。カレヲ權トシ。
コレヲ實トスルコトナシ。タヽ一代ノ所說ヲ。一理ナ
リトコヽロウルナリ。サレハ龍樹ノ論判。嘉祥ノ釋
ヲヨク學シテ。八不ノ正觀ヲコラシ。生死ノミナモト
ヲ斷シテ。スミヤカニ成佛スヘシ。シカレトモ。ワレラ
無始曠劫ヨリコノカタ。流來生死ノアヒタ。ヒサシク
煩悩ノタメニ纒縛セラレテ。不生不滅ノ觀解ヲ成
シカタク。不來不法ノ正見ニ住シカタシ。シタカヒテ
コノ宗ノ高祖龍樹菩薩ハ。十二禮ヲツリクリテ。故我頂
禮彌陀尊ト讚シ。十住毘婆沙論ヲノへテ。易行ノ要路
ヲヲシヘタマヘリ。コノユへニ。淨土ノ大祖トセリ。嘉
祥大師マタ觀經ノ疏ヲツクリテ。安樂ノ往生ヲスヽ
メタマヘリ。イハム《割書:■【国構えに考】 イハム|一本作況》ヤ末代ノ劣機ヲヤ。イハム
【四頁下段】
《割書:■【国構えに考】 イハム|一本作况》ヤ邊國ノ下根ヲヤ。觀難成就ノ亂想ヲモテ。
八不甚深ノ義趣ヲウカヽハムヨリハ。念佛易行ノ道
ニ歸シテ。一念往生ノ安心ヲ。モハラニスヘキモノナ
リ。
一。華嚴宗ノコヽロハ。五敎ヲタテヽ一切ノ佛敎ヲ攝
ス。五敎トイフハ。一ニハ小乘敎。阿含《割書:■【国構えに考】含下一|本有經》等ノモ
ロ〳〵ノ小乘經ノコヽロナリ。二ニハ始敎。深密等ノ
諸大乘經。ナラヒニ瑜伽唯識等ノ。諸大乘論ノコヽ
ロナリ。三ニハ終敎。𣵀槃經等ノコヽロナリ。四ニハ
頓敎。コレハ別ノ部ナシ。タヽ諸大乘經ノナカノ。卽心
是佛ノ頓說コレナリ。五ニハ圓敎。華厳法華ノコヽロ
ナリ。コノ五敎ノナカニ。頓敎圓敎ヲモテ一乘究竟ノ
敎《割書:■【国構えに考】敎一本|作ヲシヘ》トス。ソノ敎《割書:■【国構えに考】敎一本|作ヲシヘ》ノコヽロハ三界唯心染
淨同體ヲモテ本《割書:■【国構えに考】本一本|作モト》トス。コレスナハチカノ經ノ
文ニ。アルヒハ。一切ノ法ハスナハチ心ノ自性ナリト
シル。慧ヲ具足スル身ハ。他ヨリサトラス《割書:■【国構えに考】アルヒハ一|切等一本作或》
《割書:知一切法卽心自性|具足慧身不由他悟》 トトキ。アルヒハ。モシ人三世ノ一切ノ
【五頁上段】
佛ヲ了知セムトオモハヽ。マサニカクノコトク。觀
スヘシ。心モロ〳〵ノ如來ヲ。ツクル《割書:■【国構えに考】アルヒハモシ人等|一本作或若人欲了知 》
《割書:三世一切佛應當如|是觀心造諸如來》トイヒ。アルヒハ。三界ハタヽ一心ナリ。
心ノホカニ別ノ法ナシ。佛トヲヨヒ衆生ト。コノミツ
差別ナシ《割書:■【国構えに考】アルヒハ三界等一本作或三界唯一|心心外無別法心佛及衆生是三無差別》 トトケル。ソ《割書:■【国構えに考】|ソ》
《割書:一本|作コ》ノコヽロナリ。コレミナ。佛界衆生界ソノ體性同
體ニシテ。タヽ一心ノ所作ナルコトヲ。アカセル文ナ
リ。コノ一心ヲタツヌルニ。ソノ體無性ニシテ。シカ
モ染淨ノ體トナル。イハユル《割書:■【国構えに考】イハユル|一本作所謂》 緣生ノ諸法ハ。
衆緣ノ他ニヨリテ生スレハ。ソノ體無性ナリ。眞智又
了緣ニヨリテ顕現スルカユヘニ。ソノ體無性ナリ。ト
モニ緣ヨリ生スルニヨリテ。緣性同體ニシテ。無性ヲ
體トス。法華經ニ。諸佛兩足尊。法ハツネニ無性ナリ
トシル。佛種ハ緣ヨリオコル。コノユヘニ。一乘トト
ク《割書:■【国構えに考】法ハ等一本作知法常無|性佛種從緣起是故說一乘》トイヘル。ソノコヽロナリ。コ
ノユヘニ。コノ心ミツカラ無性《割書:■【国構えに考】コノ心等一本|作此心無自性》トシラサ
ルヲハ。無明トイヒ。マタハ。マトヒ《割書:■【国構えに考】マトヒ|一本作迷》トナツク。衆。
【五頁下段】
生ハ。コノマトヒニヨリ《割書:■【国構えに考】リ一|本無》テ業ヲリクリ。業ニヨリ
《割書:■【国構えに考】リ一|本無》テ報ヲウクル《割書:■【国構えに考】ル一本|作カルカ》ユヘニ。ヒサシク生死ニ
流轉ス。シカルニ。ハシメテ了緣ニアフ《割書:■【国構えに考】フ一|本作ヒ》 テ。コ
ノ心ミツカラ無性ナリ《割書:■【国構えに考】コノ心等一本|作此心自無性 》トシルヲ眞智
トイヒ。マタハサトリ《割書:■【国構えに考】サトリ|一本作悟》トナツク。コノサトリニ
依止シテ。ツクルトコロノ業ヲ。菩薩ノ行トナツク。コ
ノ行ツヰニ功ヲツミテ。無始ノ妄習タチマチニツキ
ヌレハ。本覺圓明ノ體ニカナフヲ。妙覺果滿ノクラヰ
トナツクルナリ。大乘究竟ノ妙談。マコトニネカフへ
シトイヘトモ。カノ無性ノサトリヲエテ。無始熏習ノ
マト《割書:■【国構えに考】ト一|本作ヨ》ヒヲ。ヒルカヘサムコト。オホロケノ淺機
ハ。カナヒカタシ。在家下根ノトモカラ。オモヒヨラ
ヌ事ナリ。サレハ。彌陀ノ淨土ニ生シテ。カノ妙解ヲ
發センコトハ。モトモタクミ。《割書:■【国構えに考】タクミ|一本作巧》ナルヘシ。無性ノ
サトリヲヒラキナハ。イツレノ法門カ達セサラム《割書:■【国構えに考】ム|一本》
《割書:作|ン》シタカヒ《割書:■【国構えに考】ヒ一|本無》テ。華厳經ニモ。普賢ノ願行ヲトキテ。
極樂ノ往生ヲスヽメタリ。願我臨欲命終時。盡除一切
現代語訳
【四頁上段】
大乗経は、道を見ることに別はない」とも言い、「大小乗経は、道を見ることに別はない」とも言って、諸経はみな証道を表すことは一つであると理解し、「尊ぶことは悟りを得ることにあり、義に定まりはない」と言って、あれを権とし、これを実とすることはない。ただ一代の所説を、一理であると理解するのである。だから龍樹の論判、嘉祥の釈をよく学んで、八不の正観を凝らし、生死の根源を断って、速やかに成仏すべきである。しかしながら、我々は無始の遠い昔からこのかた、流転生死の間、久しく煩悩のために縛られて、不生不滅の観解を成し難く、不来不去の正見に住し難い。したがってこの宗の高祖龍樹菩薩は、十二礼を作って「故我頂礼弥陀尊」と讃え、『十住毘婆沙論』を述べて、易行の要路を教えられた。このゆえに、浄土の大祖とされている。嘉祥大師もまた『観経疏』を作って、安楽の往生を勧められた。いわんや末代の劣機をや、いわんや
【四頁下段】
辺国の下根をや。観想が成就し難い乱想をもって、八不甚深の義趣を窺うよりは、念仏易行の道に帰して、一念往生の安心を、もっぱらにすべきものである。
一、華厳宗の心は、五教を立てて一切の仏教を摂する。五教というのは、一には小乗教、阿含経等の諸々の小乗経の心である。二には始教、『深密経』等の諸大乗経、ならびに『瑜伽論』『唯識論』等の諸大乗論の心である。三には終教、『涅槃経』等の心である。四には頓教、これは別の部はない。ただ諸大乗経の中の、即心是仏の頓説これである。五には円教、『華厳経』『法華経』の心である。この五教の中に、頓教・円教をもって一乗究竟の教とする。その教の心は「三界唯心・染浄同体」をもって本とする。これすなわちかの経の文に、あるいは「一切の法はすなわち心の自性なり。慧を具足する身は、他より悟らず」と説き、あるいは「もし人、三世の一切の
【五頁上段】
仏を了知せんと思わば、まさにかくのごとく観ずべし。心、諸々の如来を造る」と言い、あるいは「三界はただ一心なり。心の外に別の法なし。仏と及び衆生と、この三つに差別なし」と説ける、その心である。これはみな、仏界・衆生界その体性が同体にして、ただ一心の所作なることを明かせる文である。この一心を尋ぬるに、その体は無性にして、しかも染浄の体となる。いわゆる縁生の諸法は、衆縁の他によって生ずれば、その体は無性である。真智もまた了縁によって顕現するがゆえに、その体は無性である。ともに縁より生ずることによって、縁性同体にして、無性を体とする。『法華経』に「諸仏両足尊、法は常に無性なり。仏種は縁より起こる。このゆえに一乗と説く」と言える、その心である。このゆえに、この心みずから無性であると知らないのを無明と言い、または迷いと名づく。衆
【五頁下段】
生は、この迷いによって業を作り、業によって報を受けるゆえに、久しく生死に流転する。しかるに、はじめて了縁に会って、この心みずから無性であると知るのを真智と言い、または悟りと名づく。この悟りに依止して、作るところの業を、菩薩の行と名づく。この行ついに功を積んで、無始の妄習がたちまちに尽きぬれば、本覚円明の体に適うのを、妙覚果満の位と名づけるのである。大乗究竟の妙談、まことに願うべしと言えども、かの無性の悟りを得て、無始薫習の迷いを、翻すこと、おおよそ浅機には、適い難い。在家下根の輩、思い及ばぬ事である。だから、弥陀の浄土に生まれて、かの妙解を発すことは、もとより巧妙であろう。無性の悟りを開くならば、いずれの法門か達せざらん。したがって、『華厳経』にも、普賢の願行を説いて、極楽の往生を勧めている。「願わくば我、命終に臨まんと欲する時、一切を尽く除き