翻刻
【右丁】
あり永安寺殿(えいあんしてん)壁山(てんへきさん)全公(せんこう)と号(かう)す仍(よつて)鎌倉(かまくら)の大蔵谷(おほくらかやつ)に新(あらた)に一(いつ)精(しやう)
舎(しや)を造(つく)り直に其(その)法号(はふかう)を採(とり)て永安寺(えいあんし)と号(かう)し建長寺(けんちやうし)の曇芳(とんはう)
和尚(おしやう)を請(しやう)して寺主(ししゆ)たらしむ《割書:諱(いみなは)周應(しうおう)夢窓(むさう)國師(こくし)の法嗣(はふし)なり|建長寺(けんちやうし)瑞林菴(すゐりんあん)の開祖(かいそ)なり》夫(それ)より後(のち)
満兼(みつかね)朝臣(あそん)持氏(もちうち)朝臣(あそん)相継(あひつき)て重修(ちやうしゆ)ありしに永享(えいきやう)十一年二月十日
持氏(もちうち)朝臣(あそん)此寺(このてら)に於(おい)て自害(しかい)せられしかは《割書:管領(くわんれい)上杦(うへすぎ)憲実(のりさね)|の所為(しよゐ)なり》其男(そのなん)成氏(なりうち)
公(こう)《割書:永壽王(えいしゆわう)|殿(との)と云》幼稚(ようち)なるに依(よつ)て暫(しはら)く難(なん)を美農國(みのゝくに)に避(さけ)給ふ然(しかる)に嘉吉(かきつ)
元年 京都(きやうと)将軍(しやうくん)の命(めい)を奉(ほう)して再(ふたゝ)ひ鎌倉(かまくら)に帰入(きにふ)し給ふといへとも
上杉(うへすき)の両執事(りやうしつし)良(やゝ)もすれは上を蔑(なみ)し権柄(けんへい)を爭(あらそ)ひ闘諍(とうしやう)遂(つひ)に止(やむ)
時(とき)なく享德(きやうとく)四年六月十六日 今川(いまかは)上総介(かつさのすけ)か為(ため)に鎌倉(かまくら)を追補(つゐふ)せられ
當社(たうしや)宮殿(くうてん)民居(みんきよ)に至(いた)る迄(まて)悉(こと〳〵)く灰燼(くわいしん)となり永安寺(えいあんし)も又 廃(すた)れぬ
こゝに於(おい)て足利(あしかゝ)六世の繁昌(はんしやう)一時(いちし)に滅(めつ)し都會(とくわい)空(むな)しく草莽(さうまう)の
地(ち)となれり爰(こゝ)に二階堂(にかいたう)信濃守(しなののかみ)なる者(もの)あり持氏(もちうち)朝臣(あそん)に仕(つか)へて
不二 股肱(ここう)の臣(しん)なり永享(えいきやう)の時(とき)公(きみ)の従臣(しうしん)悉(こと〳〵)く永安寺(えいあんし)に死(し)す
【左丁】
信濃守(しなののかみ)一人公の遺命(ゆゐめい)する事(こと)あるを以(もつ)て俱(とも)に死(し)する事を免(ゆる)さ
れすして遁(のか)る其後(そのゝち)裔孫(えいそん)名(な)は某(それかし)法名(はふみやう)清仙(せいせん)と云(いふ)者(もの)あり永安寺(えいあんし)は
鎌倉(かまくら)幕府(はくふ)世々(よゝ)の墳壟(ふんりやう)安鎮(あんちん)の地(ち)たりしに荒亡(くわうほう)年久(としひさ)しく兵馬(へいは)馳(ち)
走(そう)の巷(ちまた)となれるを患(うれ)へとし終(つひ)に再復(さいふく)の願(ねかひ)を發(おこ)し延德(えんとく)二年三月
勝長壽院(しょうちやうしゆゐん)の門主(もんしゆ)《割書:寺記(しき)に持氏公(もちうしこう)の季子(きし)とのみ|ありて其(その)諱(いみな)を注(しる)さす》の命(めい)を奉(ほう)して此(この)武州(ふしう)
中丸郷(なかまるのかう)大蔵村(おほくらむら)は其名(そのな)鎌倉(かまくら)の旧地(きうち)に同(おな)しきを因拠(よりところ)として禪刹(せんせつ)
一宇(いちう)を建立(こんりふ)し鎌倉(かまくら)幕府(はくふ)世々(よゝ)の神主を安置(あんち)し寺号(しかう)をも又 永(えい)
安寺(あんし)と称(しよう)す門主(もんしゆ)某(それかし)の功(こう)を挙(あけ)て長壽院(ちやうしゆゐん)と云《割書:當寺(たうし)の|開闢(かいひやく)なり》天正(てんしやう)年間(ねんかん)
當寺(たうし)弟(たい)六世 良深(りやうしん)以後(いこ)台密(たいみつ)の二教(にけう)に改(あらため)て堂宇(たうう)を修補(しゆほ)す
然(しかり)といへともいまた柴椽(さいゑん)草堂(さうたう)のみなりしを明暦(めいれき)の頃(ころ)石井(いはゐ)兼忠(かねたゝ)と
いへる人 其父(そのちゝ)良賢(りやうけん)居士(こし)の没後(ほつこ)追福(つゐふく)のため堂塔(たうたふ)を重修(ちやうしゆ)し佛殿(ふつてん)を
荘嚴(しやうこん)す是(これ)中興(ちやうこう)開基(かいき)なり
不動明王(ふとうみやうわうの)画幅(くわふく) 《割書:妙澤(ぬうたく)筆(ふて)聖護院(しやうこゐん)道興(たうこう)准后(しゆこう)開眼(かいけん)せられしと|云傳ふ即(すなはち)紙中(しちやう)に華押(くわおう)を注(ちやう)してあり》