翻刻
【コマ4】
【右丁】
昔ハ河内ノ山田村ニ有リ天武帝ノ時ニ靈感(レイカン)アツテ今ノ處ニ移シ造ルト《割書:云々》攝州(セツシウ)
箕靣寺(ミノヲ )ノ縁起ニ齊明天皇(サイメイ )ノ四年 戊午(ツチノヘムマ)行者廿五歳ニシテ三月十七日ニ攝州箕靣山ニ登
ル澗(タニ)ノ流ニ泝(サカノホツ)テ山ヲ越川ヲ渡リ尋ネ陟(ノボ)ルニ三重ノ瀑布(タキ)アリ最上(サイ )ノ瀧ハ雄瀧也
高サ一丈餘ナリ杖ヲ立腰ヲ掛テ攀躋(ヨチノボリ)リ玉フ其 ̄ノ杖(ツヘ)ノ跡(アト)今ニアリ淵(フチ)ノ底(ソコ)ニ三丈餘
リノ黒蛇(コクヂヤ)蟠(ワダカマ)リ卧(フ)ス時■#1ニ出テ人ニ見ユ第二ハ《振り仮名:瓔珞ノ瀧|ヨウラク 》ナリ岸石(ガンセキ)飛泉(ヒセン)珠(タマ)ヲ串(ツラヌケ)ルガ
如シ第三ハ雌瀧(メ )ナリ高サナ五丈餘 布(ヌノ)ヲ曝(サラセ)ルニ似タリ頂上(チヨウ )ノ壷(ツホ)ハ龍穴ナリ其龍ノ
色 斑(マダラ)ニシテ長三丈餘ナリ動(ヤヽモ)スレハ黒雲ヲ吐テ雨ヲ降ス爰ニ行者 至心(シシム)ニ誠
ヲ致シテ勤修スルニ同年四月十七日夜夢見玉ハク龍穴ノ底ヲ知ン為ニ利
劔ヲ編(アン)テ身ニ著シ長縄ヲ腰ニ付テ淵ノ中ニ入沈ムコト一里ハカリト思フニ
一ツノ城廓( クワク)アリ石門ヲ固(カタ)メタリ暫(シハラ)ク佇立(チヨリウ)シテ聞玉ヘハ囂塵(カウヂン|カマヒスシキ)ノ聲ナ
【左丁】
クシテ妓樂(ギガク)ノ韻(ヒヾ)キ幽(カスカ)ナリ門前ニ跪(ヒサマツイ)テ真言ヲ念誦スルコト一洛又遍
シ玉ヘハ門内ニ人ノ聲シテ問テ曰ク門外ニ咒ヲ誦スルハ誰人ソヤト答テ曰
◦日本国役ノ優婆塞行者ナリカク問人ハ誰(タ)ソヤ#2
名我ハ是徳善大王ナリトテ卽チ開イテ行者ヲ請(シヤウ)ジ入レ龍猛菩(リユウメウ )
薩ノ浄土ニ到(イタラ)シム大王ノ左右ニ十五ノ金剛童子 圍遶(イネウ)セリ四方ヲ見
囘セバ重門 髙樓閣(カウロウカク)甍(イラカ)ヲ並ベ檐(ノキ)ヲ聯(ツラネ)タリ皆以《振り仮名:七寶莊嚴|□#3ツホウシヤウゴン》シテ金䑓(コカネノウテナ)玉(タマ)ノ
階(キサシ)寳ノ池 優盋羅花(ウハツラケ)。拘物頭花(クモツヅケ)。奇香馝馞(キカウヒツボツ)トシテ琪樹行列(キジユゲウレツ)シ靈禽(レイキン|アヤシキトリ)
異鳥( イ チヤウ |メツラシキトリ)和雅(ワゲ|ヤワラカナル)ノ音(コヘ)ヲ出シテ妙法ヲ囀(サエヅ)リ寳幢幡蓋(ホウダウバンガイ)薫風(クンフウ)ニ飄颻(ヘウヤウ)シ摩尼ノ
燈(トモシビ)《振り仮名:瞻蔔ノ華|センブク ハナ》光明 閃爍(センシヤク|キラメク )シテ心モ言モ及ヒガタシ甘露醍醐ノ妙飲食。寶(ハウ)
器(キ)ヲ陳(ツラネ)テ◦(其)數不_レ知殿ノ前コトニ一丈餘リノ錫杖ヲ立タリ時至レハ振ハ
ザルニ自ラ鳴ル正靣ゴトニ丈餘ノ鼓( ク |ツヾミ)磬(ケイ|キン ) ̄ヲ懸ケ刻限ニナレバ打サルニ微妙(ミメウ)ノ音ヲ
出ス菩薩 聖衆(セウヂユ)。天人。龍鬼。其中ニ充満(ヂウマン)セリ中央ノ宮殿ノ内ニ七寳莊
現代語訳
【右丁】
昔は河内の山田村にあり、天武帝の時に霊感があって今の処に移し造ると云々。摂州箕面寺の縁起に、斉明天皇の四年、戊午、行者二十五歳にして三月十七日に摂州箕面山に登る。谷の流れに遡って、山を越え川を渡り、尋ね登るに三重の瀑布あり。最上の滝は雄滝なり、高さ一丈余なり。杖を立て腰を掛けてよじ登り給う。その杖の跡、今にあり。淵の底に三丈余りの黒蛇、蟠り臥す。時に出でて人に見ゆ。第二は瓔珞の滝なり。岸石・飛泉、珠を貫けるが如し。第三は雌滝なり、高さ五丈余、布を晒せるに似たり。頂上の壺は龍穴なり。その龍の色は斑にして、長さ三丈余なり。ともすれば黒雲を吐いて雨を降らす。ここに行者、至心に誠を致して勤修するに、同年四月十七日の夜、夢に見給わく、龍穴の底を知らんために、利剣を編んで身に着し、長縄を腰に付けて淵の中に入り沈むこと一里ばかりと思うに、一つの城廓あり、石門を固めたり。しばらく佇立して聞き給えば、囂塵(かまびすしき)の声なく、
【左丁】
妓楽の響き幽かなり。門前に跪いて真言を念誦すること一遍またさらに遍じ給えば、門内に人の声して、問いて曰く、「門外に咒を誦するは誰人ぞや」と。答えて曰く、「日本国、役の優婆塞行者なり。かく問う人は誰ぞや」と。「我は是れ徳善大王なり」とて、すなわち開いて行者を請じ入れ、龍猛菩薩の浄土に到らしむ。大王の左右に十五の金剛童子が囲繞せり。四方を見廻せば、重門・高楼閣、甍を並べ、檐を連ねたり。皆以て七宝荘厳して、黄金の台・玉の階・宝の池、優鉢羅花・拘物頭花、奇香馥郁として、琪樹行列し、霊禽・異鳥、和雅の音を出して妙法を囀り、宝幢幡蓋、薫風に飄揺し、摩尼の燈・瞻蔔の花、光明閃爍して、心も言も及び難し。甘露醍醐の妙なる飲食、宝器を陳ねてその数知れず。殿の前ことに一丈余りの錫杖を立たり。時至れば振わざるに自ら鳴る。正面ごとに丈余の鼓・磬を懸け、刻限になれば打たざるに微妙の音を出す。菩薩・聖衆・天人・龍鬼、その中に充満せり。中央の宮殿の内に七宝荘厳……