翻刻
へし早々行給ふへし我もともに行へしと湯漬を食ひ尻からけして
伯父を先に立て行けり頓て高田の馬場に至りて見れハ敵人兄弟三
人草履取壹人以上四人也安兵衛ハ伯父甥二人なり《割書:伯父六|十余歳 》敵方曰当
人の外助太刀無用と約し既に当人同士切結ふとひとしく敵の兄弟
草履取三人刀を抜て掛るゆへ安兵衛も刀を抜て敵の次男の左の小
髪より右の頤をかけ切さけたり同しくかゝる其弟をも同し太刀に
て切倒す草履取後より安兵衛の腰をなくる幸に身にあたらす事済
てのち帯をときてみれは帯の結め切れてありしと也二人を切倒し
見れハ事始し所より二十間ほとへたゝりしに扨当人をみれは両人
手を負て両方の土手に寄かゝりてありしか敵を引提て伯父の面前
に来り敵をかくはかろふといふて頓て首を打てみせたり伯父の手
負を肩にかけて退たり高田ほとりに諸侯の下屋敷と覚しき所の垣
を破て内に入て木小屋の内に伯父を入て置たる所に屋敷廻りの足
軽来て是をとがむ安兵衛次第を談る足軽聞届て甲斐〳〵しくいは
く手負深手也活へからす自殺せしめ可也といふ即安兵衛伯父に告
て諾す故に伯父を介錯す足軽早桶を求めて来り死骸を納め下屋敷
の内に両人して埋めたり賎者もかゝるなさけ有て義理に明らかな
る人もありけり扨足軽の住家に往てゆあみして飯を喫し最初戦場
に行てみるに田舎馬の出る時刻也時に六十余の老人駕籠に乗来り
たり茶縮緬の羽織に永楽通宝の紋付を着し死骸共をみてたんして
いはく兄弟三人奴僕壹人同しく敵の為に害せられ敵にハ手負もな
しと見ゆる也かへす〳〵残念なりといふて落涙す此老人ハまさし