翻刻
【左端の小さな囲み】
これまではねん〳〵
さい〳〵かはらぬ
ものがたりの
ほつたんなり
ゑぐみ【絵組み】あたら
しきをみ給へ
【四角い囲みの中】つゞき
あらむしろの上に
杢二良【「郎」の略】をなをらせヱイと
こゑかけたちひらめくと
みえしがかたはらのこものが
くびをうちおとし杢二良が
いましめをきりほどき何か
さゝめきてくわいちうより
そくばく【沢山】のきんすをあたへ
おとしやりぬこれ何ゆゑ
ありてたすけしやてんぜんが
むねに一もつあることのちにぞ
おもひあはされけるされば此夜
杢二良をたすけしこと
しるものさらになかりけり
〇こゝにあしかゞあそんはふう
りうのきみにてもつぱら
きぶつをこのませ給ふしかるに
かゞみ山のいへにひめおくをし
鳥のかうろうといへるむかし
百さいこく【百済国】のわうじより此国に
おくりし品なりゆゑありて
かゞみ山家に伝来すあしかゞ
どのかねてしよもうせらるゝに
よりてもの川くらのしんつかひの
やくをかうむりかのをし鳥の
かうろうをたづさへみやこに
おもむきぬ×
×時に五月下じゆんのことなりしが
ふりつゞくさみだれにやすがはの
水かさまさりてたび人のゆきゝ
たへたりしかるにくらのしんはにち
げんちこくなりがたき主よう【主用】
なれば水かさのおつるをもど
かしくおもひことにせいきう
なる老人のことなればかねて
馬じゆつにたつしたれば馬
のはらおびをしめあげ
みなぎる安川にのり入れすで
にむかふのきしにいたらんとする
ときのりたる馬にはかにさわぎ
くらのしんをふるひおとし川
しものかたへながれゆくくらの
しんぬきてをきつておよぎし
が何ものかはしらず水中を
くゞりくらのしんがわき
はらをさしとほしくわい
ちうなす所のをし鳥の
かうろうをうばひとりて
うせにけりつきしたがふ
けらいおひ〳〵ちうしん
なすにそ時二良おどろき
あわてゝそのばしよに
いたるといへどもかたきは
たれといふしやうこも
なくたゞ父くらのしんがむな
しきなきからをおしうごかして
なくよりほかはなかりけりさそ
此ことのおもむきあしかゞどのへ【桝形の中に×点】
【桝形の中に×点】
きこえたて
まつり又せがれ
時二良へはとうぞく
のせんぎをおほせ
つけられけり
現代語訳
【左端の小さな囲み】
これまでは何度も
繰り返し変わらない
物語の
発端である。
絵組みの新しきを
ご覧ください。
【続き】
粗筵の上に
杢二郎を寝かせ「えい」と
声をかけて太刀が閃くと
見えたが、傍らの小者が
首を打ち落とし、杢二郎の
縄目を切りほどき、何か
ささやいて懐中より
沢山の金子を与え
立ち去らせた。これは何故
あって助けたのか。天善の
胸に一物あることが後になって
思い当たったのであった。されば此夜
杢二郎を助けたことを
知る者は全くなかった。
○ここに足利殿は風
流の君でもっぱら
奇物を好まれる。しかるに
鏡山の家に秘蔵する鸚
鵡の香炉という昔
百済国の王子よりこの国に
送られた品である。故あって
鏡山家に伝来する。足利
殿がかねて所望されるに
よって、川蔵の進が使いの
役を受け、かの鸚鵡の
香炉を携えて都に
向かった。
時に五月下旬のことであったが、
降り続く五月雨に安川の
水嵩が増して旅人の往来が
絶えていた。しかるに蔵の進は日
限のある重要な主君の用事
なれば、水嵩の減るのを待つのを
もどかしく思い、殊に精強
な老人のことなれば、かねて
馬術に達していたので、馬
の腹帯を締め上げ
みなぎる安川に乗り入れ、すで
に向こうの岸に至ろうとする
時、乗った馬が急に騒ぎ、
蔵の進を振り落とし、川
下の方へ流れていく。蔵の
進は泳いでいたが、
何者か分からず水中を
潜って蔵の進の脇
腹を刺し通し、懐
中にある鸚鵡の
香炉を奪い取って
消え失せた。付き従う
家来が追々忠心を
尽くすので、その時二郎が驚き
慌ててその場所に
至ったけれども、敵は
誰という証拠も
なく、ただ父蔵の進の虚
しい亡骸を押し動かして
泣くよりほかはなかった。さて
この事の次第が足利殿へ
聞こえ上げ
申し上げ、また息子の
時二郎へは盗賊
の詮議を仰せ
付けられた。
英語訳
【Small frame on the left edge】
What we have seen so far is the
same unchanging
beginning of the
story told repeatedly.
Please observe the
new picture composition.
【Continuation】
On a rough mat,
Mokujirou was laid down, and with a cry of "Ei!"
a sword seemed to flash,
but a retainer nearby
cut off a head and
untied Mokujirou's
bonds, whispered something,
gave him plenty of gold
from his pocket, and
let him escape. Why
did he help him? There was
a hidden motive in Tenzen's
heart that would become clear later.
Thus, on this night,
no one at all knew
that Mokujirou had been saved.
○Here, Lord Ashikaga was a
refined gentleman who especially
loved rare objects. Now,
the Kagamiyama family secretly treasured
a parrot-shaped incense burner
that had long ago been
sent to this country from
a prince of Baekje Kingdom. For certain reasons,
it had been passed down in the Kagamiyama family.
Since Lord Ashikaga had long
desired it, Kawakura no Shin
undertook the role of messenger
and set out for the capital
carrying that parrot
incense burner.
At that time, it was late May,
and due to the continuing seasonal rains,
the Yasukawa River's
water level had risen, cutting off
travelers' passage. However, since Kura no Shin had
an urgent matter for his lord
with a set deadline, he found it
frustrating to wait for the water level to recede.
Moreover, being a vigorous
old man who had long been
skilled in horsemanship, he
tightened his horse's
girth and rode into
the surging Yasukawa River. Just as he was about
to reach the opposite shore,
his horse suddenly panicked,
threw Kura no Shin off, and
he was swept downstream.
While Kura no Shin was swimming,
someone unknown dove underwater
and stabbed through
Kura no Shin's side,
stole the parrot
incense burner from
his pocket, and
disappeared. His accompanying
retainers showed their devotion by pursuing,
so Jirou was shocked and
hurried to that place,
but there was no
evidence of who
the enemy was.
He could do nothing but push
his father Kura no Shin's lifeless
corpse and weep. Now
when this matter was reported
to Lord Ashikaga,
and furthermore,
his son Jirou was
ordered to investigate
the thieves.