翻刻
と見ゆ夜は明ぬれと物のあやめもわかざれは家毎
にともし火をかゝげさり難き事ありて出にし人も
道別り兼ぬれば皆挑灯を持行むまや路の旅
人もみな軽井沢ゟ高崎辺迄の宿々に宿を求め
泊りける昼の程は砂も降やみぬれと申の刻斗りゟ
又降出し浅間やま焼音のみならす雷鳴渡り
天地は震動して稲光りは百千の剣を投るか
ごとしあな恐ろしや女童のなきさけふも
断なりあゝいかなる時節至来にやありけると
ひと〳〵十方に暮てぞ居たりける一ノ宮辺まては
六日にもふらすしてひとへに神徳なりと社人
たんせいをぬきんでゝ祈念奉りしとぞ七日にも朝
の間は西南は晴けれとも北は黒煙りにてけわし
き空也又北にて雷の音聞へけれは其日は麻もほ
さず申の刻にいたりて灰に交り砂少づゝふりける
を珍ら敷物とて人の元へもて行見せけるも
有りいとけなき童へ抔はよろこひ拾ひ寄
もてあそびけるも有り夫より次第に雷の鳴音
近く成り浅間焼音は猶もいやまし大地も崩
るゝはかり成ければ人々おとろき野山ゟ立帰
りける日暮方には西はいと克晴ぬれば夕日かけや
け煙りに移り其さま写し絵も及ざる風情也