翻刻
豊作にてありしか北国方ふ作にて猶又米高直
在々ハ云に及はす繁花の地に而も難義しける江戸ニ而も
米壱升にて鳥目十疋ゟ高く賣出し間敷と
度々御町奉行所ゟ御触ありといへとも天情なる
相場にや日増に高直となり諸人いと難義なり
又砂ふりし村々御領主方御年貢不納と思召給ひ
けるにや御険約被仰出御家中方御知行御扶
持まて御ひき被仰付しと也在方百姓家にても
云合セ祝儀不幸其外振舞事庚申待なと
も休ミもの日節句等迠も倹約いたし度よし
村役人江申出何れの村ニ而も開發等ミな出来て
後つとめ合も先年のごとく致へし先此折からな
れバ万の事けんやくをなし身命をとり續けるこそ専
一也といゝ合せける當秋毛皆無にしあれバ来る
春ハきにん【きにん(飢人)か】餓死の人もはかりがたけれバとて朝夕の食
も心(コヽロ)づき二度に一度ハかゆをたべける盆も麦飯と
いへと半食にてもちもせずして二度の食也御
年貢も一番成六月上納しけるのミ九月も納め
をくれ猶以外借貸り利足勘定も無さた無尽も
むら〳〵のびとなり村方などハ夫より七ケ年のびけれバ
八ケ年目に半立と也ぬ夫迠弐十年あまり豊作
にて世の中諸穀下直にして暮しかたよろし