翻刻
両に六貫六七百の銭相場に三四両の給金をとりてさへ着
き者はとし〴〵遣ひたらぬ人多し近比は肘着も代
にてとり松坂桟留などを着紙入とうらんなともこと
ようなるを持過たるおごりをなしぬ打續豊作ゆへ
村毎に祭礼有り旧例の獅子|花火(ハナビ)等をやめて操を
どり等いたし町方ハ 江戸大坂のあたらしき趣向をまね
在邊にても夫におとらじと年〴〵花麗なる事のミ
このミ祝義うれひの振舞にもことなる物入をなし
ミな人難義なりとハ思へども世風に悪したる事
なれハいそさもありぬしかりし折から浅間やけ
にて田畑皆あれ地となり諸穀高直になりぬれバ
人々夢のさめたる心ちしてよろづの事に心づきけん
やくを第一となしけれハ諸芸者はいふに及ず大工たゝ
みやの類職人皆々難義也ひやうをとり渡世をしける
人も賃銭弐百文位ツゝも取ぬれどのち〳〵ハふちハかり
にてもたのむものまれ〳〵也開發も皆宗門の人のミ
にて情出しける第一たべものすくなきゆへなり其後
甲州の人かたりけるに浅間やけにて空の色赤くしてい
とすさましきありさま也けれバ人々おどろき家
内そうどうし家財を取納いかなる珍しやいできぬ
ちえと心を労し居たりしと也大和国郡山にてもなに
ことならん見さだめ来れとはやうちにて近江国迠来り浅