翻刻
ど板屋根ハ砂こけおちそるゆへおもりかゝりつふれける家
多しかの寺きやく僧ハむなきの為に命をたすかり隣
なる亭も同し木の為死さま〳〵の世の中也高瀬などに
てハ砂のふりし二三日ハ天正寺といへる小寺へ人々あつま
りかくありてハとても此度一そ共に死べきとて念
佛をとなへ居たりしと也北筋増田土塩邊にてハ野にも
山にも青きもの無ク馬持し人思ひけるは馬をしミ置
ほしころさんもふびん也とて當筋辺へ引来り三
両四両の馬も酒壱舛位にて人に遣し五両七両
の馬も二三分の金子にうりける其比ハ五六才七才位の小
児ハ何ほどももらハれし也
又浅間山北うら吾妻郡にてハ鳴音のミ恐ろしき
のミにて砂もふらすして八日の朝辰ノ刻はかりゟ
空情【ママ晴か】わたりぬれハ人々悦ひ男女ともに世渡りの業
に取懸り草刈又ハ畑なとへ出ぬるも有女ハ糸機に
かゝりし折から巳の刻とも思ひし比浅間かたけより
泥押出し北うらへ流出吾妻川へ押出し川筋の
村々武州邊まても時の間に大変とハなりぬ鎌
原村白戸沢村小与村小宿村芦小田村袋倉村より
吾妻河へ押出しかの川信州境仁礼峠下ゟなかれ
出る川なり火石泥水川へ押込大木大石にてセき留
けれハ泥双方へひらき川筋村々人神馬悉ク流死