翻刻
へき様もなくとやセんかくやと思ひわつらふ内又々大水
押来り目の前ニ而つま子を水中のみへすとなす事
あハれなりし事共也其後川筋ニ而男女の泣聲夜毎に
きこへけるゆへ村々寺院にて大施餓鬼有りて澁川良
珊寺信光寺両寺の塔婆をさ他?といへる所へたて供養するとなり
吾妻郡に壱人の老婆ありてつねに犬を愛しける
泥押の折から人々川はたへ出居たりしに犬来りて衣
裳のつまをくわへ引ける故追やりけれハ又きたり頻りに
ひきし故あとを慕ひ行ミれバはる〳〵下もにかの老婆川
はたへ流出居たりしゆへ水をはかせ藁火にて温めいろ〳〵
醫療をくわへけれバいき吹出し快氣しけるとなり
市代村ニ而土蔵の棟木へ金百両入置泥押の砌押流し下モニて
あるゆへ右の場所へ参りあけし者へ尋けるに無之由途中
ニて失けるやまたハかくしける事にや
奥田村ニ而四拾斗の女泥ニ而押流されけるが三里程下にて揚り
苦しむゆへ人々立寄ミれバ口より大きなる石をはき出しける此
石中々なとへ入へきやうなき石や其所の里人是を見て
其もとハ此石ゆへ扶りしならん大切に持返り給へと云しと也
又十里弐拾里下にて長竿にて扶りし人も有りしとなり
ある川はたに流れ来りし|屍(シカバね)有りかねをくひに
掛ありしをミつけぬる人有りて是社よき得ものなれ仏
神の我にあたへ給ふならめとひとりごちてとり帰り