翻刻
両親ハ猶も歎き弥々深く再縁なくハおや子三人怪我も
せず命はなからへ居へきもの男子ハ夫につくならひ
是を乳はなす不便さに娘に漸得心さセ死にやつ
たハ此母なりとて毎日其事くり返し思ひ出して
袖しほり廿日余りも泣暮し終に此世をさりし也
わつか十日の日数のはやき斗にて四人の命を失るも
先の世のえにしにやと哀なりし事とも也又隣村に
夫をきらひ家出しける女ありて親のもとへ帰り居
たりしか此夫一生も縁ハきらしとはや二年あまり過ぬ
れと縁きらす仲人をたのミ縁切金少し出しても
去状もらひ度由ねかいけれと夫承引なく月日を
送る内かの泥押夫も家も押流され壱文いらすに壱
人身となりしもあり借金有りて難義しける人も
催促する人なきもありいろ〳〵の損徳あり
七月七日砂降にて當盆前ハ見世棚諸職人組屋
水車等かけ先取集ふ勘定にて難義すへきよし
案しわつらひ早々書出しを引かけ取に出しけるに其年ハ
蚕もなかり相應に金取有りし年なれバ盆前は棚かけ
其外思ひの外に人々勘定致し例年の通りにハ取揚ける
是を思へハ金銭手に持居て云わけわび云をし横にね
る心ざしの人はすくなきもの也夫ゟ盆後成御年
貢ハ六七分とさたまり小作金も六七分無尽ハのべと