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コレクション: STAGE9

やぶれ窓の記 全 - 翻刻

やぶれ窓の記 全 - ページ 18

ページ: 18

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つきて縁浄庵雪鴎といひき雪鴎の姉なる ものは名をこうといひしが吾父の媒して本郷 真光寺門前なる笹屋七兵衛といひし餅(モチ)屋が婦(ヨメ)に おくりぬ雪鴎も天保年間と覚ゆ不幸にして 東海道の旅に病(ヤミ)て死す其後紙屋六兵衛 誹諧の名を曽云といひしか終に家を《ルビ:はふ|屠》らかして 又誹諧者流をなりはひとすさるを近曽(チカゴロ)病で 腰|屈(カヾマ)りありくことを得ずして憐むへし此難 ̄ンに あひぬ呼(アヽ)遠つ祖(オヤ)より代〻につたへし若干(ソコバコ)の 資財を浮華のためにうしなひふたりながら かゝる終りを遂(トゲ)けるはいと〳〵うれたき事なりかし こは是(コヽ)にあつかるましき事なれど又因み なきにしもあらされは筆にまかせて記す今日 幸橋御門外の原浅草広小路深川海辺大工町 此三ケ所へ究民撫育のために御救ひの小家建 ̄ツ 五日|天晴(ソラハ)るいで此後の思ひ出に又あひかたき 治平の中の愁ひをも見て来んとて朝より家を 出つ先 ̄ツ青物町より例の小路を過て永代橋を 【上段】 御小屋入りを願ふ そのいと多かりしかば 後に上野御火除地 深川八幡社内此 二ケ所御救小屋たちて 都合五ケ所と成る