翻刻
わたりつゝ右り手へゆくに迦久土(カグツチ)【火神】の神のあらびに
かゝりて相川町より富ケ丘の八幡境内のきは
まて左右の町〻残りなく又此南北の裏町〻も
多く焼て漠〻たる曠原のこと〳〵焼るかの
境内のきはにすこしく焼残りし町家は強く
ゆり潰れて恰も簓(サヽラ)を乱したるが如しそこより
汐見橋をわたり吉祥寺弁財天女の祠へいたるに
なゐにも波にもいたくゆられぬに歟つゝがなし
こゝより江島橋をわたりて木場へ出つ塹(ホリ)に
ちかきこゝらの小路|土裂(ツチサケ)たる所いくらもあり
扇町より吉永町東西の平野町へ出づ此あたり
家〻ゆり潰れしに材木などやがうへに算? ̄ンを
乱して人〻の《ルビ:ゆきかひ|往来》をうしなふ此あたり
伊勢崎町の辺りも焼しと聞けどゆかず《ルビ:たゞ|直》ちに
浄心寺霊岸寺門前より高橋をわたり本所常
盤町の火地を見てゆく〳〵森下町の焼土を踏つゝ
弥勒寺橋をわたりて右りへ閑月庵如萍を訪ふに
互に事なきを歓ふそこを出て三ツ目通りへ
【上段】
覚(サムル)云
三十三間堂は先(アト)
後(サキ)曲(ヒヅミ)て中程より
先 ̄キのかた十間計り
甚(イタ)く倒れたるは
仏力ありてふ観世
音の安置(アンチ)もならで
千の御手(ミテ)にも引
止めがたく矢(ヤ)
浄心寺の門前
いたくゆりつぶれ
霊岸寺の門前も
倒る後に浄心寺の
境内を通りぬけしに
力士阿武松緑之助
浦風林右衛門なとの
大きなる墓碑の
倒れてありしが
かゝる人の亡霊も
何さま耐(コラ)へがたくや