翻刻
なゐふり以後の気韻おのつから句中に顕れ
たりと評しつゝ別る又此十三四五のあらひ巣鴨
小原町一行院《割書:紀州産徳本|上人開基浄土宗》までこたひの私は災ひにあいて
亡(ウセ)たる人〻の法会行ふよし聞ゆ十一日天曇る
けふは吾故郷のしるへを訪はまほしく其ついてに
をちこちの有さまをも見んとて巳の刻ばかりに
家を出て呉服橋をわたり和田倉御門を入るにさきに
書付し御かた〳〵の巨万の屋敷の火地となりしを
見るに此あたりはいたくゆりしさまにて第宅ともの
火にふれざるも猶火地に異ならずあれすさみて見ゆ
御本丸西御丸の鳳城御櫓御営などおほけ
なくも見あげ奉れは石垣|頽(クヅ)れ御営傾きてみゆ
西御丸はわきてかたぶきたるさまなりきされど
こゝらの御事はかけてもいふまじき例(タメシ)なれば
まのあたりの有のすさみを書記すのみなり
こゝより大手御門前を経て神田橋御門を出て小川町の
有し火地を見るに其傍の火にあはざる屋しきも
おしなべて潰れ倒れしかは焼たる地よりも