翻刻
盛(サカン)なり史記(シキ)に韋賢(イケン)といふ人位大鴻臚卿(クライタイコウロケイ)
なりし時相者(サウシヤ)にあふ相人の云 公(キミ)はまさに
三公(サンコウ)の位に至り給んと韋賢(イケン)悦ひて四人の
子を呼(ヨヒ)出し相人に見せしむ相者 次男(ジナン)の
玄成(ケンセイ)を見て此人 貴(タツト)き相あり是三公に昇(ノボ)
り給んといふ韋賢笑(イケンワラツ)ていわく我(ハ)三公と成なば
嫡子(チヤクシ)にてそ官録(クワンロク)を譲(ユヅル)べけれ何んぞ次男に
譲(ユズリ)へきと争(アラソ)ひ用(モチ)ひざりしが年(トシ)を経(ヘ)て
韋賢(イケン)相者(サウシヤ)の云しごとく丞相(シヤウセウ)の位に昇(ノホ)り
《割書:丞相ノ官ハ|則三公ナリ》死(シ)して後嫡子(ノチチヤクシ)は罪あつて家(イヘ)を続(ツカ)す
次男 玄成(ケンセイ)家を嗣果(ツキハタ)して三公に至りしと也
其外 史伝(シテン)に載(ノ)する処 甚(ハナハタ)多し本朝にも相者(サウシヤ)
の名あか〳〵あげてかそへかたし凡かくのごとく
相法ありて其詞(コトハ)あたかも掌(タナコヽロ)を指(サス)ことし
といへとも皆 形(カタチ)によつて相し行によらさる
事 不審古昔(イフカシイニシヘ)の大舜(タイシユン)は御眼(ヲンマナコ)に重瞳(カサナルヒトミ)あり